見下ろす城下町は小さく。山は遠くまで見通せる。空も随分と近くに感じ、まるで宙に浮いてるかのようだ。なぁんて。馬鹿馬鹿しい。くっと口元が上がる。どうにか人に見られるこたぁない。確か、昔手慰みに読んだ書物にゃ物怪の中にはサトリという相手の心が読める者がおるそうな。それの存在を信じとりゃせんが。 そいつが目の前におらんで良かったと些か思う。
だって、ねえ?あの冷徹冷静で名の通る豊臣軍の軍師竹中半兵衛が。そんな事を思っとったなんて知れたら。恥ずかしい訳じゃあないが知られとうはない。
「…少し疲れてるのかな。」
物怪だの宙に浮くだの。普段の己ならばなかなか考えないような事。まぁ、そういえば。ここ最近働き詰めだったような気もする。昨日も結局この軍義室で夜を明かしてしまったし。元より。終わりの近いこの身に休む暇なぞありはせぬが。少しでも悔いのないように。そして友である豊臣秀吉の宿願。天下統一を成す為に。立ち止まってる暇はない。
さあそうと決まったら手と足、そして頭を動かさなければ。現時点の各国の軍事力。領土分布。抱えている問題点。それらに目を通しどこから順に。どのような策を使って切り崩していくか。 重大な仕事だが。半兵衛はこのように策を練るのを好んでいるからそれ程苦ではなかった。何より友の為である。弱音は吐いておれんし出てもこん。気持ち腕捲りをして作業に取り掛かろうとすりゃ。おやおやこれはどういう事か。開け放っといた窓の外を一羽の鷹が旋回しておる。飛ぶ鳥なぞ珍しくもないがそいつはゆるりと弧を描いて此方に来おって。翼を巧みに使って速度を殺し窓枠に足を止めた。
どつやら一休みという訳じゃないらしい。何で分かるかって? ほれ、鷹を見てみい。何やら背中に背負っておる。
「これは…。」
革製の筒。それに上手いこと紐を通し羽の付け根にぐるりと回し。背負うように背中にくくり付けられたそれにゃあ“津々四”と彫ってある。嗚呼此れは彼女の。しかし半兵衛は勿論そんな事知る由も無し。くくり付けられた字を指でなぞる。
「つつよ…。いや、つつし、つつじかな?君の名前は」 「ピィ!」
当ててみればそうだと言わんばかりに一鳴き。何処か誇らしげに胸を張っているようにも見える。よく手懐けてるじゃないか。 動物は嫌いじゃない。しっかりと躾れば此方も驚くほど従順に忠実になる。可愛いなと思い頭を撫でようとすりゃ。ひょいと避けられる。…本当によく手懐けている。どうやったのか。一つ指南頂きたいものだ。やれやれ。ため息を吐きながら背にくくり付けられた筒を取り外す。
蓋を開けてみりゃ。中には何やら丸まった紙。文のようだ。まあ概ねそうだろうとは思っとったが。破らんように慎重に迅速にそれを引っ張り出す。くるくると巻かれた紙を紐解きゃ。隅で丁寧に字が綴られとった。その中身を目で追って。頭に入れて。そうして驚きに目を丸め。 はてさて一体其処には何が書かれとったのか。
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