トリップ編
(占星術士の全国行脚)
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手荷物をどさり。落として身軽になり指先を湯に浸してみる。うん、適温。入れないほど熱くも温くもなし。善は急げだ。とっとと入っちまおう。外套を脱いで近くの枝にかけ両腕に纏わり付く諸籠手を剥ぎ取る。そうして着物の帯に手を掛けたところでぴたりと動きを止めた。
おやおや一体どうした。

『…もしもに備えるか』

呟くと荷を漁り紙束を手にする。長方形のそれには朱墨で何事かが綴られている。紋様のような、文字のような。そいつを四枚ほど抜き取って。温泉を囲む四方の木に貼り付けりゃ。小さな結界の出来上がり。これで此処に人や獣は入ってこれん。それ以外の邪なモノも。

さぁさこれで邪魔は入らん。ゆっくり羽を伸ばせるというもの。汚れた衣服を脱ぎ去り。行儀は悪いが豪快に湯に飛び込んだ。幾日ぶりに感じる湯。筋肉が解れ心に余裕が出来る。やはり風呂はいい。真っ暗で景色はいいか分からんが、そんな贅沢。言う暇は無し。
ぐぐぐ。両腕を天へ伸ばし体を解す。ぶはぁと息を吐き出し腕を湯へばちゃりと。ああ全く。極楽極楽とは上手い事言ったもんだ。こりゃあ確かに極楽。違いない。一息つくと湯に浸かったまま荷へ手を伸ばす。中から石鹸と手拭いを。湯に入っただけじゃあ汗は流せても汚れや匂いは取れやせん。

手拭いに石鹸付けて泡立てて。体を洗や何となく安心する。体が終わりゃお次は髪。シャンプーやコンディショナーがありゃ助かるが流石にそれは持っておれぬ。多少痛むかもしれないが洗わないよかマシ。というより耐えられなんだ。戻ることが叶ったならば自分へのご褒美としてエステやサロンに行こう。そう決めた。それぐらいささやかなもんだろう。


心と体の汚れを綺麗さっぱり洗い落とし一息。口まで湯に浸かりゃ頭上で羽ばたく音。顔を上げりゃあの鷹が羽を休めとった。
旅は道連れ世は情け。とは言うがいやはや。よもや鷹を連れて歩くことになろうとは。いやまぁ。何となぁくそんな事は視えとったけども。けども実際そうなると。ざばり。体を起こし温泉の縁に近寄る。ちょいちょいと鷹を手招き。まぁ従順なもんで。素直に彼女の手の届くところへやってきおった。こういうんはちゃんとした調教師が要るもんだと思っとったが。孵化に立ち会った訳でも無いのになぁ。

『お前さんにも名前をやらんとねぇ』

こんなに懐いてくれとるもんを何時までも鷹と呼ぶんは。ちぃと人情が足らん。名を与える言うことは縛る事にも繋がるが。
人は産まれた時に皆、名を与えられ同時に縛られる。その名に。己はそういう名の人であると。成るとも言うが。名があれば出来ることは山程あるが面倒ごともある。違うのに同じ名の者と間違われたりだとか、後はまぁ。呪われたりだとか。名が無ければそういう事もされようもしようもない。

それを。枷とも言われるそれを。この自由であった生き物に授けにゃならん。考える事もあったが。
濡れた手を湯の滴る指先を。乾いた岩肌に字を綴る。

『三ツ蜂は虫…。そんでもって三。なら、』

津 つ
々 つ
四 じ

四は死を連想させ名に使うには好ましい字ではない。けれど濁らせる事によって死を遠くさせ生を根強くさせる。
一年の内限られた時期にしか咲かない美しく鮮やかな花。覚えている限りのそれの花言葉も、今のこの子には合っている気がした。やや図々しいかもしれんが。指先を伸ばしゃ。ぴとり。嘴を当ててきやる。

『お前の名前は津々四だよ。これから宜しくしたって。』

縛る責任は取ってやる。ついといで。



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