可笑しい。有り得んだろう。警戒心の塊のような野性動物がたった一度。助けてもらったぐらいで。しかも助ける羽目になった元の原因は再三言うが己と同じ人間なのにだ。お前はおっ母さんにどう育ててもらったんだ。
どうすべきか。このまま進みゃあいずれ町に着く。そうなりゃあんなでかい鳥。害にしかならんて。追い払われるか、最悪殺されるかが落ち。そんな場面がすぐに思い浮かぶ。そうなる前にどうにかしてやらにゃ。みすみす殺されんのを黙って見とく訳にもいくまい。何の為に助けたんだか分かりゃせん。 荒業じゃあるが三ツ蜂けしかけて追っ払うべか。
『しゃーない…。三ツ蜂、ちょっくら出といで』
毎度のように懐から銀の細筒を引っ張り出す。いつもなら、名前を呼びゃあ瞬きの間に馳せ参じるというのに。いやはやどうした事か。云とも寸とも言わんで。
『えええ ちょっとどういうこったお前さん。ご主人様がお呼びだっつーのに無視か!』
振ってみても返事は無い。こんな事ぁ前代未聞。三ツ蜂の主になってからただの一度も無かった。気分が乗らん? いやいや管狐っちゅーんは実に従順ですよ。己が主にゃ絶対服従。望むことを望むままに実行する。それが自らの意志とは正反対でも。 正に一大事。由々しき事態。けれどもどうした事か。彼女はさして取り乱さん。三ツ蜂の性格を把握しておるのか。はたまたお得意の占いで見ておったのか。解説する者はいない。
ふぅと溜め息を吐く。此方に来てから溜め息の数が増えたような。幸せが逃げまくりじゃねーか。 使えぬのなら仕方ない。三ツ蜂をお家ごと懐に戻す。ちらりと先程の木を見れば、まぁだクマタカが止まっとる。しつこいと言うか粘り強いと言うか。今回は己が折れる番か。やれやれと頭を掻くとそのまま腕を上げてみる。そうすればクマタカが枝から飛び立ち此方へとやって来るではないか。
逃げはせん。 受け止めると決めたのだ。ばさり。上手い具合に羽を使って勢いを殺す。流石。そして静かに彼女の腕に止まると。ピイと高く鳴いた。そう。そんなに嬉しいのかい。そりゃようござんした。
『お前さんも物好きだねぇ。私と一緒に居たって良いことはねぇってのに。』
そっと指を伸ばして嘴を撫でてみれば。じゃれつくように擦り寄られ。しまった、もう愛着が湧いてきてしもうた。
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