花魁の唇に引かれた紅のように色付いた紅葉がはらりはらりと親元から離れ、地に落ちていく。それがいずれ養分となりまた木へと還って行くのだから本当に世の中は上手く出来ている。はらり。また一枚が落ちて彼女の肩に付いた。
「本当にそれでいいのかね。私が目利きしても構わないが。」
遠回しに“卿は目利きがなってないな”と言われている気がする。いや、言っている。何と失敬な。久秀程ではなかろうがそれなりに眼は確かなつもりだ。何だったらあの中で、小振りでいっちゃん高いもんを取っても良かったんだぞ。金に替えた時とんでもない事になりそうだからやらないが。 荷より金子が多くなりそうな。
『これっくらいが適当なんだよ梟のお兄さん。旅をしてみりゃ如何に身軽さが大事か。よう分かると思うよ。』 「それもそう、か。卿はこれから何処へ向かうのかね。」 『冬が来るかんね。北は無いな。』 「となると西だな。…あぁ、そうだ。これは餞別だ。持って行きたまえ」
後ろに控える三好から差し出されたのは番傘。黒と白が合わさり渦を巻いている。何となしに久秀を彷彿とさせるのは気のせいか。んな訳ない。この男は全てが気紛れで確信犯だ。 しかし良い物であるのも確か。それに助かる。傘は持ち合わせておらんので。これから長ぁい旅をするのだ。それこそ雨の中風の中雪の中を行かねばならん。天気の良い日ばかりではありゃせんのだ。
この信貴山城に訪れるまでにも雨の日は幾度もあり。その度に人様の軒下や木の下でやり過ごした。不便ったらない。遠慮無く貰っとこうじゃあないか。受け取れば少しばかり重い。ばさり。開いて見る。細やかな骨組み一つ一つが丁寧に組まれ。ふぅむ。こりゃ匠の仕事。
「ところで… 一つ訊ねるが。」 『なん?』 「卿の旅の目的は何かね。」
話のタネとしてもうとっくに聞いていたかと思われるが。意外や意外。ただの一度も聞かれてはおらなんだ。ぱたり。開いていた傘を閉じる。そうして人差し指を唇に当て。
『秘密。』
そう口にした。 言ってはならぬ。己とあの御方だけが知る密事。やんわりとなら言っても良いのだろうが。罰当たりなこの男には言わんで良かろう。しつこいようなら考える事もあったが、案外すんなりと久秀は引き下がる。それが少し気味が悪いと言ったら怒るだろうか? 怒りの感情があるならだが。
ややもして。挨拶もそこそこに出立する。ちぃとばかし急ぐべきか。冬の足音がする。馬がありゃもっと余裕があろうものを。この傘なんかも乗せられたんに。
『…げ。これ仕込み刀じゃねーの。』
本当に。食えん男であったわ。
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