トリップ編
(占星術士の全国行脚)
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よくもまぁこれだけ集めたものだと蔵の中を見渡して彼女は思う。蔵とは言ったがこれはもう宝物庫だろう。審美眼の確かな久秀の事。余すこと無く一級品に違いない。
この小皿でどれだけの間路銀を調達せずに済むか。いかん、手が伸びそうになる。手癖は悪かない筈なんだがなぁ。

ところで彼女がこの宝物庫に足を踏み入れている理由だが。無論一から十まで久秀が事の発端である。件の怪異。それを鎮めた褒美をと。これがそれなりの身分。または久秀の部下や何やらであったら昇給や家紋入りの小刀。平民であらば米や酒が贈与されるのが妥当なところ。けれどもこちとら一つ処に留まらぬ根無し草。そんなのを貰おうとも困るだけ。返却も考えてしまう。

小刀ならば使い道はあろうが、家紋に気付かれ下手な騒ぎが起こらないとも言えぬ。何せあの乱世の梟雄、松永久秀のだ。聞かずとも占わずともそこかしこで悪名を轟かしているのを伺い知れた。
それで上手く立ち回れぬ彼女を見るのもまた一興。久秀はぽつりとそう零した。いい歳した愉快犯がこの野郎。あの澄ました顔をぶん殴ってやりたい。当たらぬだろうが。うぬぬ。
だが久秀とて命を救ってもらった事は事実。あまりそういうのは好かないが。上に立つ者であれば己の命を救った者への賞賛を怠ることは出来まい。であるならば。

『好きなもんを持ってっていいって。こりゃまた太っ腹なこって』

邪魔にならん程度に好きなだけ。これを太っ腹と言わず何と言う。これ以上なく有り難い。身軽なまま旅を続けたいし何より。ここには目的の物がある。
漸く。漸くだ。手に入る。それ一つの為に慣れない事を山ほどした。もう正直こりごりだ。肩が凝ってしゃあない。


一つ二つ三つ。見てゆくどれもが一級品。思わず心変わりしてしまいそうになる。いかんいかん。頼まれた物じゃあないぞこの掛け軸は。おやこの反物は。あぁ一向に進まん。やれやれ。己に呆れつつもお目当ての品を探していく。何処だ、何処にある? 占いではこの辺りに。
おっといけない通り過ぎた。

宝物の奥。周りに埋もれるようにして置いてある一尺ほどの剣。刃は無い。実用には不向きな、飾り用の物。用が無けりゃわざわざ手に取ったりはせん。何と言ってもこれだけではまだまだ不十分な状態なのだ。それを完全にしなきゃならん。

されど一体。久秀はこれに一体何用があったのか。
単体で飾り愛でる訳でも無いのに。どういった経緯で剣が久秀の元に来たのか。知ってみたいが素直に教えてくれるとも限らん。いやはや何時の世も、収集家は何を考えてるのか分かりゃしない。ふぅと息を吹きかければ埃が払われる。
これが息を吹き返すのはまだまだ先。丁重に扱わにゃ。



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