さも可笑しいと言わんばかりに口角を上げる久秀。何を思っているのか彼女の隣に腰を下ろし紅葉を眺める。真に紅葉を眺めておるのだろうか。
「卿もかけたまえ。」 『は、』
誘いを断れる筈もなく煙管を掬い上げ、元に戻るように縁側に足を垂らす。これが自宅か自分一人であったならば片膝を立てたり胡座を掻いたりと、言ってしまえば行儀の悪いことをするのだが。自由の利く格好でも場でもない。 別段この男の突然の来訪を驚くつもりはない。事前に手遊びのつもりでしていた占いで知っていた。故に。眼を伏せる。
『…松永様。手前に何ぞ御用でございましょうか。』 「いやはや卿もなかなかに無粋な人間だね。こうして風情ある景色を堪能しているというのに」
伏せた瞳をもう一度上げ、鮮やかな紅葉を見つめた。髪と同じく黒い虹彩に差し込む紅。確かに風情があって美しい。そうしてやはり自分は無粋なのだろう。とは思うが、しかし。それを言うならば人の世こそが無粋ではありゃせんか。 下らん争いばかりして。この紅葉だって人が争わず戦火を拡げず。のらりくらりと暮らしてりゃこうして囲わずとも美しゅう色を付けるのに。何事も有りのままが一番なのだ。人工物の粋さも趣加減も分かっちゃいるが。どうにも折り合いが上手く行かんで。難しや。
彼女がそんな事を思っているとは知る由もない久秀。横顔をちらり。覗いて言う。
「…卿は興味深いな。」 『そうでしょうか。手前には今一つ、』 「己の事など己が最も分からぬものだ。卿の本質は興味深く、奥深い。関われば関わるほど、気を惹かれてしまう。」 『…………。』 「私は欲の多い人間でね。卿の本質を見せたまえ。」 『…お見せして何ぞ変わりましょうや。』
なんだこのオッサン。だりぃ。が彼女の本音である。本質。そのものの本来の姿。必要不可欠な要素。となれば、まずこの言葉遣いから止めるべきなのだろう。然れどもそうした途端に手打ちにされでもしたら。色々と小狡い手を使えば逃げ切れはするが、それでは本末転倒。何の為にあれやこれやと考え動き回ったのか。庄ヱ門にも山犬にも申し訳が立たぬ。 何より此処には手に入れなければならん物があるのだ。おめおめ引き下がれはせぬ。
と、これまで久秀の方を一切向かずに話し込んでおった六月一日。その久秀が紅葉を堪能と言っていたものだから無礼を承知でそうしておったのだが。久秀はその様子がこれまた興味をそそられた。異性に抱くものではなく、そう。子供が新しい玩具を見つけた時の感情と同義である。はた迷惑な。 久秀の面倒な部分は其所だった。相手が自分をどう思っているかなどどうでもいいのだ。嫌っている。それがどうした。己には関係ない。欲求は満たされていない。
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