彼女が此処、大和は信貴山城に逗留してから早くも一週間が経とうとしていた。一週間。たった七日と言ってしまえばそうだがこの秋という季節。七日はちと長い。秋は短くあっという間に冬が来てしまう。見てみろ、窓の外の紅葉は真っ赤に色付いてしまっておる。誠"紅葉"という名に相応しい。 21世紀、平成の時代では世界規模で温暖化が進み山間部や東北辺りぐらいでしか雪は降らなくなってしまった。都心部で降ることはあっても積雪まではなかなか行かず。しかし今は時代も違えば環境も違う。平野部でもそれなりの積雪が見込める。そうなれば足止めを食うのは明らか。 いくら期限が決まっていないとは言え、あまり一つ処に長居したくないのが本音だった。
どうしたものかと考えあぐねる。一昨日はやはり顔合わせで済んだ。後日礼をするから今しばらく待てと。再び客室に押し込められたのである。しょうがない。が、少し気持ちが逸る。そうしたところで良い事はありゃぁせんのだが。流石に悪いので、与えられた着物に袖を通して縁側に座る。しっとりと濡れた紅葉が何とも美しいったらない。 質の良い着物。上質な部屋。見事な景色。煙管を一吸い。これで酒がありゃ尚良し。まっこと惜しい。
『風流だねぇ…。』 「全くだ。移ろいゆくものほど愛でるに相応しいものはない。」 『えぇ本当に。』
だらりと垂らしていた足を正し、姿勢を声の主へと。藤煤竹の着物を装った松永久秀が其処に立っていた。紅緋の背景にぽつんと浮かぶ姿が何とも印象的で、何時までも脳裏に残るような画。それにそぅっと瞼を細める。微かに漂う色香に世の女たちはやられてしまうのだろう。己も女ではあるが。いやはや残念。そうなるつもりは無いので。お戯れに付き合う暇は無いのです。
火の点いた煙管を灰を溢してしまわぬよう床に置く。三つ指ついて頭を垂れれば黒髪がたらりと床に滑る。その滑らかさ、黒さ。まるで絹と墨。いずれ何処ぞから黒染めの絹を手に入れてみようと久秀は考えた。その気紛れに一体何人が泣く羽目になるのやら。
『おはようございます松永様。お体の調子も大分戻られたようで。安心致しました。』 「あぁ、こうして紅葉を眺められるぐらいにはね。それもこれも卿があれを灰桜と化してくれたからだ。」 『…御為とは言え、松永様の愛でていらした茶碗を失くしたことは大変申し訳なく、』 「いやいい気にしないでくれ。ただの独り言だ。」
噂でも占いでも知っていたし分かっていた事だがこの男、大概面倒くさい。 占い師として平成の世において働いておった際にも面倒な手合いの客というのには何度も会うてきた。手取り方もあしらい方も上手いと言えるか知らんが心得ておる。しかしこの久秀という男にはそれが通用するようには思えなんだ。時代が違うと言えばそうであろうが。それを抜きにしても。よしんばこの男が己と同じ時に居たとて。上手く相手取れるかは分からん。
まるで霧のような。いや、人の肌を焦がす霧があって堪るか。淀んではいないが、じくじくと欲の火を燻らせる瞳をじっと見据える。 嗚呼本当に面倒だ。そう思っているのを知っている相手と対するのは。
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