トリップ編
(占星術士の全国行脚)
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名前には覚えがある。声にも。だが会うた覚えが皆無であった。こんな男前、知らぬぞ。どちら様だ。
計らずも凝視してしまっていれば男の眉間に皺が寄った。そんな表情も男前。つまりはイケメンである。眼福眼福。

「…もう少ししゃんとしろ。女なのだからもっと身なりを」
『いや、あの… どなた様でございましょう?手前の記憶違いで無ければ先ほど三好様と、』
「記憶違いなどでは無い。己は三好長逸だ。」
『それは… 失礼致しました。面をお取りになられるのを初めて拝見致しましたので…。』
「構わぬ。それよりも久秀様が呼んでおられる。来い。」

おやまあお早いお目覚めで。あれだけ体力それに加えて婆娑羅まで吸収されておったというのにもう。遅いより早いに越したことは無いが。本格的に話を進められるのは今日は無理かろう。顔合わせ程度の。今はそれで構わない。致し方ない。

手間取らせぬよう直ちに立ち上がり、着物に付いてしまったい草を払う。脱いでいた諸籠手を着、外套を羽織り。用意された女物の着物を着るのが一番なのだろうが、自分はこれなのだ。
象徴たる天色の外套。これを着てなけりゃいかん。
袖を通しながら渋面を見せる長逸へ近寄る。彼もちゃんと女物の着物で向かうべきと思うとるのだろう。申し訳ないが譲るつもりはない。へらりと笑えば溜め息を吐かれた。失敬な。

早々に諦めると長逸は彼女の前を誘導するように歩く。可哀想に。無茶ぶりをする主に相当苦労させられていると見える。諦めの早さが全てを物語っていた。見限りゃいいものを。そうしないのはやはりあの男の炎に惹かれているからか。難儀なこった。
忠義という言葉一つでは片付けられない何かが、この軍にはおありのようで。


先日歩いた鶯張りをまた踏む。あの晩に感じた恐ろしさは今では全く。手入れの行き届いた庭が眺めるだけ。嫌な吹きかたをする風も今は止んでいる。決戦の場となった久秀の部屋の前。縁側で正座し入室の許可を乞う。これが友人や現代であったならば遠慮なくずけずけと押し入るのだが。作法とは誠に面倒くさい。ああ、如何な比べてばかりじゃ。

入りたまえと、低く響く声がする。障子の擦れる音に従って顔を上げれば床に入ったままの、白髪混じりの男と視線が交わった。確かに先日まで山犬が熱を上げていた男だ。手招かれ、その傍らまで近付く。もっと一線引いて座するべきなのだろうが。

「その天色、覚えているとも。卿が、私を救ってくれたそうだね。改めて礼を言おう。私は松永弾正久秀。卿の名を伺おうじゃないか。」
『ご拝謁賜り恐悦至極に存じます。勿体無きお言葉有り難き幸せ。私めは六月一日と、申します。』



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