トリップ編
(占星術士の全国行脚)
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長い夢を見ていた気分だと、自室の天井を眺めながら松永久秀は思った。けれどそれが決して夢ではないと自覚もしていた。
そして夢の現にいた頃の己の行動を少しずつ鮮明に思い出し、目元を手で覆う。穴があったら入りたい。いっその事この城ごと爆破して証拠隠滅を計ろうか。そうしたいのは山々なのに体に力が入らない。

気のせいか己の炎の婆娑羅を感じられなんだ。なんという。一瞬老いのせいかと考えたくもない考えが頭を過ったが、嬉しいことに違うようだ。

思い出すこの怒涛の一月。自分好みの茶器は無いものかとふらりと町の骨董品屋に訪れたのが全ての始まり。独特の、妖しげな存在感を放つ檜皮色の茶碗。これと言って趣があるでも渋みがあるでも、そう、自分好みとは言えぬ代物。
上等な品であることは一目見て分かったが欲するほどでも。だと言うのに。何故かどうしてか。買わなければと何かが自分を駆り立てた。

あの時の店主の表情は実に愉快なものだった。見応えがあった。あんなに顔を引きつらせてどうしたのかと思いはしたが、今なら合点がゆく。どうして売るのを渋ったのか。まあ最終的には刀をちらつかせる事で手に入れた訳だが。
思えば既にあの瞬間から魅了されていたのだろう。あれを手に入れた直後からの自分は相当なものだった。意味もなく部屋の中をぐるぐると彷徨い歩いたり、真夜中に寝巻きに素足のまま庭に下りずぅっと月を眺めたり。それ以外にも奇々怪々な行動を幾つもしてはいたが流石に恥なので言いはしない。
出来ることなら忘却の彼方に記憶を置き去りにしたかった。

だが一つ。覚えていて良かったと思える事がある。

「…誰か其処にいるかね」

あの鮮やかな天色だ。



ごろりと与えられた部屋に寝転がる。
久秀に憑いていた山犬を祓い、基浄化してから早三日。礼をせねばならぬと長逸に言われ此処への逗留を余儀なくされた。それはまぁ良い。此方も久秀に用があるし、というより謁見したいが為に色々と手を回したのだから。但し宜しくない点が一つある。この待遇だ。

いくら主君の命を救ったとは言え、こんなどこの馬の骨とも知れぬ女にこんな広い客室。やり過ぎじゃあないか。狭いよりはよかろうが何だか落ち着きゃせん。礼を述べに来るものが多くいたがそれも昨日まで。久秀にお目通り叶うとしても彼方の体調が回復しないことにはどうにもならぬ。とどのつまり彼女は暇を持て余していた。

道具の手入れもとっくに終わってしもうた。さてどうする。後はもう畳の目を数えるぐらいしか。引きニートみたいな真似はよした方がいいのでは。先日の件があるから三ツ蜂を出して構ってやる事も憚られた。
そんな彼女に光明が一筋。部屋の外、障子に人影が。

「三好長逸だ。入るぞ」
『えっ』

名乗ったかと思えば此方の了承も得ずに障子が引かれる。声を掛けた意味を問い質したいところだが、一応客とは言え本来の身分は彼方のがうんと上。文句も言えまい。
思いもよらず寝転がったままでのお出迎えとなってしまった。しかしながら直ぐ様体を起こして姿勢を正すという行為は頭からすっぽ抜けてしまった。入ってきた人物に覚えがなくって。



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