トリップ編
(占星術士の全国行脚)
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馬も、三人も。この異様な空気を感じるのか緊張しとるのが分かった。人もそうだが特に動物は良からぬモノを本能で察知する為大変に嫌がっている。一度手綱を離せば逃げてしまうだろう。そしてそのまま戻らない。
恐ろしい思いをした処には二度と近付かない。動物の学習能力は本当に素晴らしい。

履き物を脱ぎ、城内を行く。休む暇なく久秀の元へ案内されておるのだがその前に一服したいと申し出たら斬られるだろうか。斬られるだろうな。溜め息が出そうになる。口寂しい。
あの宿場からひたすらに走り続けてきたのだ。何処かで一休みという名の喫煙時間を設けてはくれなかろうか。苛々することは無いが、何か今一つ物足りなく思う。そうだ、出来れば酒も欲しい。上等なやつ。欲は尽きない。彼の人にでも煽られたか。

きしきしと床板が鳴く。主君の部屋が近い証。珍しくもない鶯張りだが彼女には新鮮であった。現代でも日本家屋はあるけれど、鶯張りを付けるまで凝った物はなかなか。
きしり。床板が鳴く。目に見えた城主、松永久秀の居室。月明かりに照らされて室内が影が浮き出される。その影が、人の形をしていない。

「 ! 久、」『待った』

波のようにさざめく輪郭。獣の形をした何か。何かとは何だ。正体が掴めない。今まで気にならなかっ木々のざわめきが妙に耳につき始める。
とんだ演出だ。人を怖がらせてそんなに楽しいか。

想像を絶する事態に彼女の案内をしていた三人の内の一人、三好長逸は声を上げそうになる。駄目だ、今は堪えろ。無礼や失礼等といったのは放っておいて腕をぐっと掴んで引き止めた。影が此方を向いた気がする。敷地内に入った時から気付いていたろうに。白々しい。
掴んだままの腕を引いて長逸の視線の高さを合わさせる。影から目を離さぬまま耳元に唇を寄せた。状況がこんなでなければ色っぽい雰囲気になっただろうか。そぅっと囁く。

『名は呼ばんよう。付け入る隙を与えっからね』

流石に敬語云々にまで気が回っておらんのか、神妙な面持ちで長逸は頷く。利口な事だ。その手に小さな石を握らせた。透き通る石。ギヤマンのようではあるが、これは水晶か。何故このような高価なものを。説明を求めるように此方を向く。
思った以上の近さであるのにどちらも動揺を見せない。アレに悟られぬよう小さく小さく、集中しなけりゃ風に掻き消されちまう程の声量で言う。

『護り石、御守り代わりさね。死にたくなけりゃ離さんこった。』

この男を含めこの軍の者共は総じて死というものを恐れていないように思える。あまり意味の無い脅しかもしれないがしないよりは良いだろう。長逸は主の預かり知らぬ処で死ぬつもりは無いのか力強く水晶を握った。それでいい。
腕を離し、そこより一歩部屋に近寄る。ただならぬ雰囲気に長逸はその場から動けなくなる。そうしていてくれると助かるというもの。余分な存在は状況を悪化させかねない。

障子の前に立つ。影が掛かる。影が射す。爪を引っ掛け障子に隙間を作る。指をかけすらっと開く。
焦げた臭いが鼻をついた。
咄嗟に手で鼻と口を塞ぐが、いやしかしこれは肉の焼ける匂いではない。畳や柱が焦げているようだ。
火が? 違う火ではない。ただじんわりと低温で焦がしているだけ。嬲り殺すようじゃぁないか。
悪趣味な。



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