トリップ編
(占星術士の全国行脚)
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夜の中をひたすらに走り抜く。会話は無くただひたすらに。夜に活動する鳥の声、馬の息遣い蹄の音。振動がビリビリと体に伝わってちと辛い。主に尻が。三人の頭の中には主の事しか無いのか彼女を労るような素振りは無い。こちとらうら若き乙女なんだぞ。悪態が出そうになるのを抑える。

ずっと馬上にいていい加減に疲れてくるが休憩を挟む余裕が無いのは誰より知っている。
松永弾正久秀。その男が床に臥せってから二十九日が経過したと道中説明を受けた。二十九日。恐らく三十日目の節目の日。その日の朝日を浴びれば命は無いだろう。今日が二十九日だとすれば。子の刻を越えれば三十日目となり、その朝が訪れれば全てが終わってしまう。

こんなギリギリになる前に自ら赴けば良いだけの話なのだが、それでは駄目なのだ。今日まで待たなければ。昨日や一昨日ではまた違う顛末。やれやれ全く、面倒な。そう思ってはいても手は抜けないのが仕事というものである。無事仕事が終わり戻ることが叶ったならば、暫く自堕落に生きようか等と馬の背に揺られながら考えた。


暗闇と同化してしまうような木々の合間からちらほらと建物が見え始める。夜と、これから立ち向かうものの正体を分かっているからかどこかおどろおどろしく見える。魔王に挑む勇者とはこんな気持ちだろうか?訪ねられる相手がいなくてちょっと寂しい。
馬の速度がゆっくり落ちていく。

「あれが我らが主、松永久秀様の居城… 信貴山城だ。」
『へぇ… 立派と言いますか、趣がありますな。』

当たり障りの無い返しだ。しかし悪く言われるよりはマシだろう。世渡りの術はこの身に染みてある。その術がこの城の主にも使えれば助かるが、難しかろう。あまり重く考えすぎず自分らしく対応すれば良い。
ややもすれば城門とそれを照らすかがり火が見えてきた。門番を担う兵士の表情がどことなく暗い。主が得体の知れぬ何かに憑かれていてはそうもなろうて。けど、あれは少し頂けない。

この三人の姿を認めると多少なりとも生気を取り戻した様子ではあるが。城門前で馬の足を止め、下馬する。続くように降りようとすれば乗った時を思い出させるように手を伸ばされ。ついつい反射的に手を取れば滑らかに滞りなく降ろされた。
手慣れてやがる。とは彼女の心境。男尊女卑の著しい時代の最中こうして自然に女の手を引ける男もおるまい。長距離を走り、地に足を着くと途端にフラついてしまう。それを支える男の手にまたも畜生と。訳分からん面着けやがってこの野郎。言い掛かりは百も承知。ぐぬぬと唸りたくなるのを我慢し、笑顔を浮かべ礼を述べる。接客業で培ってきた業であった。
するりと門番二人に近付く。

『ちょいと失礼』
「?」
「なんだ女」

淀んだ視線が向くのを確かめ間髪入れずに目線の高さで柏手を打つ。突如として響く音に門番も後ろの三人も呆気に取られる。ぱちぱちと瞬きを繰返す門番二人にニッと笑ってみせると一礼し三人の元へ戻った。一体何がしたかった、否何をしたのか。
二人の目には生気が甦っておった。

「…今のは」
『良くないものが憑いておりましたので。大方松永様に取り憑いているものの影響でしょう。幸いにして小物でしたのであれで済みました。』

柏手は拍手。神社等神に拝する際に行うもの。
この国で生き暮らしておれば誰もが一度は経験する行為。元来柏手は神への礼儀礼節であるがそれ以外にも。邪気を祓う目的もある。小物にはこれで十分通じる。流石に久秀のには通用しないが。寧ろ逆上させてしまう。
今でさえ周りに害を及ぼしているのだからそうなれば。想像もしたくない。

城門を潜りいよいよもって本格的に城内へ足を踏み入れる。如何ともし難い空気が肌を舐めた。重苦しく生温い。もう秋なのに。


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