庄ヱ門に取り入ったのも、怪異の原因たる茶碗を“きちんと”浄化させず店に並べるよう促したのも。あまりそう言った策を練るだとかは好きでも得意でもないけれど。今回は特別。と言うよりは拘ってはいられぬのだ。相手が相手。仕事が仕事。 ただでさえ大掛かりな事だというのにどうしてよりにもよって此処に在ってしまうのか。因果という存在を肌で感じてしまう。
庄ヱ門には申し訳ない事をした。恐らく階下の連中は真っ先に彼の処へ向かったろう。だがしかし、必要な事だったのだ。 傍らに置いておいた荷物からカードの束を取り出す。この時代、この国には絶対に存在しない二十二枚一組のカード。占いの手段では最も有名ではなかろうか。一つ一つ違う絵柄の描かれたタロットカードのうち一枚を抜き取る。
四番目。the empror皇帝の正位置。彼女が自分の中で他人に決して負けない、誇れるもの。それが占い。それを駆使して導き出したこの度の怪異。一連の流れ、企て。たかが占いと侮るなかれ。 カードを仕舞い荷を背負い。衣桁に掛けておいた天色の外套を着込んだ。建物を踏み潰さん勢いで階段を上がってくる音に鼓膜を震わせながら、そっと襖に手をかける。すぅっと息を吸い込むとばんっと襖を引いた。鬼のような面を着けた男が三人。固まっておる。愉快愉快。
『何ぞ御用でございましょうや。』 「…その天色の衣。お前が、藤菱屋の怪異を鎮めた女か。」 『鎮めたとは大仰な。私はただあちらの店主殿がお困りのようだったので、助力致したまでにございます。』 「ならば我らにも助力願おう」 『おや、お困りで?』 「ああ。我らが主… 松永弾正久秀様に取り憑きし何かを、祓ってもらいたい」 『それはそれは… 一大事にございますな』
よもやその原因が目の前にいるとは思うまい。 断る理由もない。この為にあの手この手を尽くしたのだから。こんな事知れた瞬間打ち首だが。了承の旨を示すように部屋から一歩出れば三人の間に挟まれるようにして宿場の外へと連れて行かれ。気分は極悪人。連行される罪人ではないか。そうなのだけど。
そのまま外へと連れ出されれば、未だ荒い息遣いの馬。これでは道中潰してしまいやしないか。歯牙にも掛けぬだろうて。馬の命よりも主君の命。この時勢に動物愛護の精神などある訳がない。 三人がそれぞれの馬に乗る。さて自分は一体どうしたのものか。首を捻れば恐らくこの中で統率を取っているであろう男が馬上から手を差し伸べてきた。身分的には好ましくない。が、今は緊急事態。手を取れば力強く上へ引き上げられた。ときめいたのは内緒。現代っ子にはこんな筋力そうそうあるまい。嘆かわしい。
落馬しないよう気をつけねば。背筋を真っ直ぐ伸ばして跨がる。山脈から差し込む一筋の茜がついに消え、夜が始まった。
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