トリップ編
(占星術士の全国行脚)
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すぅと吸い込む煙が肺を満たす。その何とも形容し難い感覚に思わず目が細まる。ううむと唸ってしまうほど。全く先人たちは良いものを考え付いてくれたとこういう時ばかり思う。都合がいいのは何も自分だけではなかろうて。

吸い口に軽く犬歯を当てながら開けた窓の外、遠くにある山脈を眺めた。生命が賑わう季節は過ぎ、やがて眠りにつく頃がやってくる。さもすれば、今はその前最後の賑わいと言ったところか。我ながら柄にもないことを。気持ち悪い。
苦虫を噛み潰したような表情で尚も連なる山々を。それにしても見慣れぬ風景だ。何がって、あの何処にでもある筈のビルやコンクリート製の建物が一つも無いのがだ。電車や、いつまでも明るく灯る家の照明。角張った形状。見覚えのあるものが何一つない無い、見慣れぬ景色。

青と紫と橙に染まる空。山の影。美しい。それを一枚の写真に納めようとしても電線やマンション等の高層建築物が邪魔をする。がっかりだ。少しの間消えてくれないか。そう何度となくものだ。思考が物騒なのはご愛嬌と笑ってくれ。
だというのに、全く。今はそれがちょいとばかし懐かしい。よもや自分が郷愁の念に駆られるとは。歳は取りたくないものだ。いや、まだまだ若いけども。

間もなく太陽が山脈の向こう側に沈み、逢魔時がやってくる。あの茶碗があの店に並んでからおよそ三十二度目のこの時刻。影が闇が濃くなっていく。山々から目を離し眼下に広がる町を見ればばたばたと慌ただしく人が家に戻る。懸命な判断だ。夜は、あまり出歩かないほうがいい。良いことはあまり起きない。

『なんとまぁ、騒がしいこって』

身を守るように身を隠す町人の隙間を突っ切るように馬が三頭、此方へやってくる。どかりどかりと土を踏み鳴らす蹄の音が体にビリビリと響く。灰皿代わりの火鉢にカッと煙管を叩きつけ刻み煙草を捨てる。一回り二回り、煙管を回して火皿の熱を取っ払う。
馬が軒下で止まった。荒い馬の息遣いが此所まで聞こえる。可哀想に、余程長距離を走らされたと思える。そうしてまた大した休憩も貰えずに荷を一つ増やして帰らなければならぬのだ。同情を禁じえない。

階下から聞こえる言い争うような声と物音に申し訳ない気持ちが。こんなのが泊まったりしなければ、何てことはない長閑な宿場であれたのに。すみません。

別にあの町の宿場でずっと泊まっていても良かったのだが、流石に一月もは頂けないだろう。大和から出てしまわぬよう気遣いながら町から町へと転々と。路銀も馬鹿にならない。困ったものだ。
それも全てはこの時の為。


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