トリップ編
(占星術士の全国行脚)
bsrトリップ編 | ナノ


男を黒く染めてゆく染みが。見て分かる程に。その歩みを遅めた。何に驚きゃよかろうか。お勉強と宣った事にか。はたまた柊一振りで。呪いの進行を緩やかにしてみせたその手腕にか。
鶴姫が目を白黒させとるにも構わず。六月一日は言葉を続ける。その瞳は。常より真剣味を帯びとった。

『呪いを祓った事は?』
「無いです…。私は預言と神事しか学んでいないので…。」
『んならこの機会に覚えたって。こっから先、こんな事はざらだかんね。』

言われて。改めて現実を目の当たりにする。己は狙われる身なのだと。悪事を働いたが為に狙われんのではない。言ったろう。この身は清廉潔白。汚れも穢れも未だ無し。

狙われる由縁はたった一つ。その過ぎたる先見の力。そいつを疎ましく思うた奴が。鶴姫を亡き者にしようと企てたのだ。なんて非道。然れどこれも常套手段。彼女がまだ社に籠っとる内に。そうであれば騒ぎ立てる者も少なかろうと。
直接的にお命頂戴とありゃあ。教え込まれた武術を駆使するか。護衛の者に頼れば良い。でも呪いはなぁ。刀じゃ斬れぬ。見たところ。呪いを祓えそうな力量持っとんのは。この社じゃ鶴姫だけ。彼女に教えときゃ何という事もない。この日の本で上位の実力の持ち主。

『気をしっかり持って。揺らいだ心のまんまじゃ呪いに叩きのめされちまうよ。』
「はい…。」

ぼろぼろ。流れとった涙を袖で拭う。目元は赤くなっちゃいるが。瞳は生気を取り戻し。活力を漲らせておった。満足げに一度頷く。

『霊力が何処から生まれるのかは知っとる?』
「魂と… 丹田からです。」
『その通り。まずは精神集中して、丹田に力を込めて。』

魂からと丹田より生まれ出る力を。渦を巻くようにして合わせる。色を想像すんなら白と黒。中国の陰陽を思や良かろう。それを溶け合わせて一つにし。成ったところで鶴姫は閉じておった瞳を開けた。
臍の下。丹田が熱い。そして身体中に力が湧いている気がしやる。預言のため。心を研ぎ澄ませたり気を高めたりは常にあった。然りとて、こんなに力が集ったんは今が初めて。これならば真に那由多の先まで見通せるやも。
大袈裟じゃない。出来ると自信がある。

凪いだ大海のように静かで深さを感じる鶴姫の霊力。それをまざまざと感じて六月一日は笑んだ。やはり彼女にゃ。才能もありゃ御加護もある。こんなとこに隠しておくのは勿体ないとすら思う。まあそれは。外野が口出しするこったない。閉口閉口。
さて。力の昂った鶴姫に。朝露の付いた柊。そいつを渡す。柊は魔を祓う植物。加えて清らかさの象徴たる朝露が共にある。この瞬間だけだが。この柊は最も力のある神具。錫杖や札など目じゃなし。
それを何の疑問もなく受け取れば。

「この者から出て行きなさい。」

凛とした。声とともに振り下ろす。ぱしんっ。勢いの割りに軽い音。横たわる男に葉が当たり。朝露を散らす。すると。ああ何てこった。男の体から黒い液体みたいなんが出よった。もぞもぞ。大変だ。行き場を失っちまった。何処へ行こうかとその場を右往左往。すかさず鶴姫は手で祓った。そうすればおっかねぇ!とばかりに尻尾を巻いて。逃げ出した。呪った者の元へ返ったんだろう。恐らく明日には。変死した者の話が聞けよう。

『うん。よう出来たね。それで殆どの呪いは祓えんよ。応用すりゃ霊もね。』
「これだけで良いんですか?もっと儀式とか道具とか…。」
『使ってもいいけど、別に必要不可欠じゃねーよ。才ある者は己自身が儀式となり道具となる。』
「私、が…。」
『そう。だから自分の事は大事にせんといかんよ。』

そう言や鶴姫はしっかと頷いた。本当、今時珍しく素直で清純なお嬢さんだ。




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