トリップ編
(占星術士の全国行脚)
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彼女が伊予・河野に着いてから早くも四日が経った。その間鶴姫は六月一日べったり。どうして。初対面である筈なのにと首を傾げるは周りの者だけ。本人たちはちゃあんと判っている。こんなにも懐いちまうのは。似た者同士っつー事だからさ。

『…ーてな事があって、結局二人は元の鞘に収まったのさ』
「まぁあ!良かったです!勘違いしたままお別れでしたら悲しいですものっ」
『そうだねぇ。これで今後別れるこたぁ無くなったかんね。二人にとっちゃ試練だったよ』
「はいっ。姉様、私にもっとお話聞かせて下さいな!」
『はいはい。姫さんはせっかちだなぁ。』

出会ってからというものの。二人がする事と言やぁもっぱら外の話であった。彼女が此方に来てから三、四ヶ月程しか経っておらんが。その間に見て聞いて。この身で体験した事柄を鶴姫に教えてやった。野に咲く花の色。木の匂い。獣の遠吠え。そんな誰しもが知っとる事に。毎度瞳を輝かせておった。
哀れ。とは思わん。それが今の彼女にゃあ必要なんだ。出された酒に口をつけながら。ちらり。部屋の外を見る。護衛なのだろう。障子越しに男の影がありよる。ご苦労なこって。しかしいらん心配でもある。己がこちらの御方に害を成すなどあり得ん。んな事すりゃあ。大目玉を食らうのはこちらだもの。これまでの功績を踏まえて。命までを奪われるんは無かろうが。それ以外の罰となると候補が多すぎて絞りきれん。

うん? ああ勿論河野の方々にではないさ。常人であれば。生まれる前と死んだ後。しか御目にかかれぬ止ん事無き御方。それはつまり。


「姫御前。」
「? はい。」
「そろそろ昼の占いの刻になります。ご準備を。」
「えっ、もうそんな時間なんですか?…すみません姉様。私お務めに行かないとです…。」
『はいよ。いってらっしゃい。』
「また後で、お話聞かせて下さいね!絶対ですよ!」

声を上げて騒がしく。約束を取り付けると鶴姫の背を。護衛の者が押して連れて行っちまう。ひらひら。手を振って見送った後。その場に落ちるのは沈黙。用は済んだ筈であろうが。どういった理由でか未だ六月一日をここまで連れてきた男。そいつが残っとる。主が去ったなら去るべきであろう。何の用だ。とは言わぬ。これに関しちゃ知ってるからではなく、予想がつくからだ。そして恐らくそれは外れない。

鶴姫を見送り。その気配が遠退いてから初めて。男は彼女へと視線を寄越した。おうおう嫌悪を露にしやがって。どういった了見だこの野郎。
良い気もせんし面倒だなとも思う。けれどもそれを大したこっちゃないと思ってしまう自分に。呆れるばかりだ。

「占術士殿。些か無遠慮が過ぎるのでは?」
『ほう。何をもってそう思われます。』
「…貴女の振る舞いです。姫御前に対して敬意を示さないどころか外界の事までお話になって。」
『…………。』
「姫御前の力は神より賜りしもの。それが外へと漏れてしまえば大変な事になります。」

故に外に興味を抱かせて。出ていかせる要因を作るなと。そう言いたいのだこの男は。下らん。まっこと下らん。あまりの事に言葉を失っておれば。言いたいだけ言って満足したのか。男は部屋を出ていってしもうた。
足音が聞こえんくなった辺りで漸く我に返った彼女は。先の言葉を思い出し、ついとばかりに鼻で笑った。いや失敬。悪気はなかった。

しかしどうにも。あの男というか此処の者はちぃと常識に欠ける。秀でる者は否応なしに人より目立つものなのだ。注目を浴びやすい。既に鶴姫の力は四国を飛び出し。関西まで及んどる。東北にゃまだ届かんがそれもいずれは。
人の口に戸は建てられん。噂が噂を呼び広まってゆく。それを此処の連中は把握しきっとらんのだ。だから隠しておこうとする。最早意味がないとは思わずに大事に大事にしまい込む。外への興味を抱かせず、外からの接触を極力避け。社の者からしたら六月一日と会うのは最大限回避したいもんだったろうに。よくやる。
けれど彼女に会おうと会わずとも。近いうち。必ず鶴姫は社を出ることになる。乱世を儚んでと神の言葉が故である。神仕えである姫はそれに従い武器を取るのだ。


六月一日と鶴姫。二人の決定的な違いはそこだった。仕えとるか否か。頼まれ、己に出来る事でありゃぁ受けるが。それは強制でも義務でもない。最終的な決定はあくまで彼女の意志だ。それとは逆に神仕えにとって神からの言葉は強制であり義務。少しでも御方に近づく為に日々修行に励む。
六月一日はそこまで禁欲的にはなれん。寧ろ彼らが最も拒む酒も煙草も。だぁい好きときた。そもそもにして誰かに。身も心も捧げて仕えるっちゅーんが性に合わん。公平な関係が望ましい。

秋が死にかけている庭を眺めて。酒を口に含んだ。




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