トリップ編
(占星術士の全国行脚)
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連れて行けりゃいいんだが。自分は正真正銘余所者。一時の感情でそんな事をしてはいけない。これからもそんな子にはごまんと会うんだ。一々んなことしてられやせん。
労るようにお里の頭を撫でた。

そうして二人で黙々と土を掘る。深く掘らねば。野犬に掘り返されちまう。そして食い散らかされ。それを片付けるのも。またこの少女が担う事となる。余りにも、酷だろう。故に深く深く。火葬なんて概念は今は生まれもしない。
ずどっ。鍬を振りかぶり地面へ叩きつける。お里も同じように土を抉っていく。こちとら鍬なんぞ扱った事も無かったが。そうも言っていられまい。農具自体触んのも初めてだ。何て事言っちまったらどんな目で見られるか。容易に思い付く。ならばなぁんも言わん方が吉。

二人とも無言で掘って掘って。大分涼しゅうなってきたってーのに。汗が止まらん。夏だったらあっという間に倒れとったな。いやいや体力の問題じゃなくてね。こればっかりは鍛えても難しい。

そうこうしとる内に。程々に深く。且つ大人二人が入れる程の穴が出来上がる。転がっとる小石も退けよう。死者を弔うんだ。眠る場所ぐらいは綺麗にせねばね。
手に付いた土を払って。お里の父母を乗せた荷台へ近寄る。二人に被せとった藁を退けりゃ。お里が喉を引き攣らせる音がする。両親の遺体というんだけでなく。その体は獣の爪により無惨に切り裂かれておって。これを目の当たりにすんのは。子供でなくとも辛いなあ。

出来るなら家で休ませといてやりたいが。死んだ人間を抱えて穴に埋めるなんて。そんな重労働、一人でこなせる自信がない。誰ぞ手伝ってくれたら嬉しいが。余所者に冷たいこの村の人間には。それも求められんか。いや、己が居なくなれば誰か来っか?
されど今更投げ出すのも。

『大丈夫かい?』
「…はい。平気、頑張れます…。」
『おう。何、後ちょっとさ。父ちゃん母ちゃん眠らせてやろ。』

軽く背中を擦ってやれば弱々しく頷く。なんて出来た子。きっとご両親の育て方が良かったに違いない。

そうして彼女と二人。父母の体を持って。そぅっと穴の中へ入れる。これ以上傷が増えんように。丁寧に丁寧に。夫婦仲良う横たえて。その上に土を被せて蓋をしてゆく。少しずつ隠れてゆくその姿。それを見て何とも言えぬ感情が湧く。切ないような寂しいような。生きてる間に言葉を交わした事もねぇのに。何一つ存ぜぬというのに。それと共に罪悪感も生まれんのだから。己が事ながら不思議だと内心首を傾げた。

ややもすれば掘り出した土はみぃんな元通り。穴の中へ戻っちまった。この下に人が二人。眠っとるとは思えない。仕上げとばかりに道中拾っとった。石を二つ。その上へ乗せる。次いでそこらに自生している花を供えれば。立派な墓の出来上がり。何もかんもがその辺で手に入るものばかり。申し訳ないね。でも諦めとくれ。

ー嗚呼、そうだ。それならばせめて。これを餞に。

『父ちゃん母ちゃんは、宗教に入っとったりする?』
「え、宗…?」
『特定の神様崇めてねぇかってこと。』
「それは、無いです。わたしそんなん言われた事無い…。」
『そっか。じゃあ何でも問題ないね。』
「?」

お里にさして説明もせずに。六月一日はその場に腰を下ろした。そして荷物の中から丸い珠の連なった。所謂数珠を取り出して。手ぇに絡めて祈るようにその手を合わせよった。息を吸い込む。

『仏説摩訶般若波羅蜜多心経 観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空』

淀みなく彼女の口から漏れるそれに草木が震えた気がした。俗に言うお経。死者を弔い天上へ導くもの。これは般若心経と呼ばれるものであるが。当然お里は知らず。何を始めたのかと思っておったが。徐々に。心が締め付けられるような気持ちになる。
誘われるように。ぼろり。涙が堰を切って溢れた。
それまで、判ったふりをしていたんだ。父母の死が。あまりにも突然で。まだ上手く受け止めきれず夢見心地であった。足元が。ふわふわとして定まらずに。

そうか。そうか。亡くなったんだなぁ。もう二度と会えんのだ。もう二度と触れんのだ。これから一人で。生きていかねばならんのだ。こんなに辛い事があるだろうか。嫌だ寂しい辛い苦しい。それでも易々と後は追えん。命を助けて貰ったんだ、自ら命を絶つなど。それこそ出来まい。父母の分まで生きて。いつか子を産んで。見せてやらんと。出来なかった親孝行を。これから時間かけてやらねぇと。

小さな体が大きな決意をした瞬間だった。



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