袖に金木犀でお弁当
2016/06/21 12:56
※コラソン出ないよ!
平日、彼女は仕事に出ている。高校時代からバイトと称して働いていた、自分の店でだ。とあるビルの地下にあるこじんまりとした店。地下に入るための階段は歩道に面していてそこに置き型の看板一つ設置しただけの、なんともまぁ繁盛する気がないような。
しかしこれまた世間というのは正直で。確かな実力の持ち主の彼女は客には困ることなく日々仕事に精を出していた。ありがたいこって。
彼女の歳の頃ならば、大多数が大学やら専門やらに行っている。それをどうこう思うこともないが、占いにやってきた客は皆予想外の若さに驚いた表情をする。まぁ当然か。自分より若い小娘に何が分かるのかと。分かるんだけどね。知られたくないことも何もかも。
えぇ勿論守秘義務。言いませんとも。口が軽いとこの業界じゃあ生きていけん。信頼と実績が求められるお仕事ですので。
朝から晩まであくせく働いちゃあいないけど、普通に働いてはいる。つまりは昼飯は家じゃなく店の中か外でだ。料理下手というほどではないが上手くもない彼女。自分の分ぐらいなら適当に作れるが朝早くに起きて自分の弁当を作るつもりもない。要は億劫なのさ。
それに店の周辺には飲食店も多くある。食べる店には困らないし、楽しい。経済を回すためにもお金は使わねばね。と、もっともらしいことを考えそれを同居している彼に伝えれば何とも言えない顔をした。どういう感情か教えてくれねーかな?
そう、だからいらないのだ。弁当とかそういうのは。好きなもんを食べ、呑みそうして死んだならそれはそれで幸福ではないか。しかし人の考え方には色々ありまして。十人十色。彼女と彼では考えが微妙に違ったのだ。
青いバンダナに包まれた小振りのそれを持ち上げる。
『まさか弁当作り始めるとはねぇ…』
悪くはない。悪くはないが、うーん。何と言えばいいのか。有り難いっちゃ有り難いが外に食べに行くのも好きなのだ。
今、コラソンは家の家事の一切を担っている。身分証明が出来なければこのご時世働き口を見つけるのも難しい。あったとして決してそこはまともではない。そんな所に放り込むぐらいなら家事でもしてろとなったのだが。料理に手をつけた頃合いからいつかこういう日が来るであろうと予感していた。
ちょうど今は昼時。店の扉には休憩中の看板を出したから邪魔されることはない。持たされた弁当を敷物の上に置き、包みを解く。
漆塗りの、曲げわっぱの弁当箱が姿を表した。
『あぁ〜…』
妙な声を出しながら続いて蓋を開けてみればこれまた彩り見事な中身がお目見えした。夏場、食中毒を懸念してかご飯は梅と白ごまの混ぜご飯。やや歪な形の肉団子はその形から手作りだと分かるし鮮やかな緑のブロッコリーは主張しすぎない量。胸を弾ませるような淡いオレンジは小海老を使ったエビマヨで、極めつけは玉子焼きだ。あの楕円形を真ん中で切った挙げ句に上手いことやってハート型にしてある。
なんだこの弁当は。女子力の暴力か!
『いや… これは女子力じゃなくて嫁力だな…。』
正直ストライクどころの騒ぎじゃない。彼女の心臓を鷲掴んだ上に潰そうとしている。このままでは嫁力に殺される。割と真面目に言ってますよ。
一緒に暮らしているからコラソンはこちらの好き嫌いを完全に把握している。それを全力で駆使しての弁当だ。悪印象を抱く訳がない。
彼女好みの弁当箱に彩りと栄養が偏らないようにと考えられたおかず。食べずとも分かる。これは絶対に上手い。ただでさえ最近めきめきと料理の腕を上げているのに…。そもそも、自分のためにと作られたものが不味いわけもないのだが。
しかし外食も好きで、無くしたくはなくって。
『週4で手を打つかな〜…』
弁当箱と揃いの檜の箸で肉団子を1つ掴み、口に放る。あぁ、予想通り美味い。
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