袖に金木犀で浴衣
2015/07/17 14:04

ごろりと、瓶を転がす。中にたっぷりと注がれたホワイトリカーと杏が大きく揺れた。
これは先日コラソンと彼女が二人で作った果実酒だ。柔らかな橙色の杏をどこからか買ってきてて。この時期は果物が美味いから、果実酒を作ろうと言ってきたのは勿論彼女である。一緒に入れていた氷砂糖はとうに溶けて消えていた。それでも時々こうして揺すらないといけないらしく、家事とは別にこれが仕事としてコラソンに与えられた。

割ってしまうんじゃないかと不安ではあったが彼女はいつものようにからからと笑って任せる。と一言。信じてもらえている事が嬉しかった。コラソンを喜ばせたのはそれだけではない。この果実酒が美味しく呑めるようになるまで最低でも3ヶ月。欲を言えば1年は漬け込んでおかねばならない。出来上がったら一緒に晩酌と行こうとお馴染みの煙管片手に言われた。つまりは。3ヶ月先も自分はこうして彼女の隣に居られるし、その先も居てもいいと暗に伝えられたのだ。これが嬉しくなくてどうする。
正直その場ではその意味に辿り着けなかったが、風呂に入ってる最中にふと思い至って盛大に転けたのは記憶に新しい。

向こうにいた頃は洋酒と言われる物しか呑んでいなかった。発泡酒やワインやラムなんかだ。それもそれで旨いが此処に来てからは本当に様々な酒を呑んでいる。日本酒、焼酎、梅酒に泡盛。それ以外にもウィスキーやブランデー等々。彼女自ら探して買ってくるものもあるがこの家にある酒の大半は貢ぎ物。彼女に世話になった政治家やら財閥やらヒエラルキーの上位に立つ連中が御中元や御歳暮の時期にここぞとばかりに贈ってくるのだ。
そのせいでここの蔵には常に酒が保管されている。貰いすぎだ、なんて野暮なことは言わない。だって旨いし自分も呑みたいし。つまりはすっかりコラソンの舌は日本に馴染み、肥えてしまった。

その他にも梅酒や檸檬酒の瓶を転がしていると台所に彼女が顔を覗かせた。長い黒髪は夏に入ってから暑いという理由で束ねられる事が多くなった。今日は編み込んでうなじ辺りで団子になっている。

『ロシーくん見っけ。なぁ今日暇?』
「あぁ、特に買い物なんかはねーが…。」
『んなら良かった。ちょっくらデートと洒落込もうぜ!』
「デ…ッ!!!?」

コ派手に転んだにも関わらず果実酒を巻き込まなかったのは奇跡だと思う。



*****



デート、だなんて言葉を使って連れてきたのは街中のとある店。垂れ幕にしては小さい、暖簾のようなものには○の中に呉という文字が入れられた不思議なマークが軒先に掲げられていた。大分日本語にも慣れてきたがまだまだ漢字には不慣れ。店名らしきものが全て漢字で書かれていて残念ながら読めない。
何の店だ、とコラソンが質問するよりも早く彼女が手を引いて店の中に行ってしまう。透明なガラスドアを潜れば…。何の店だ本当に。

「いらっしゃいませ、お待ちしておりました御当主様。本日は、」
『あぁ、大丈夫。堅苦しい挨拶はお互い疲れっから無しにしよう。今日はこの人の着物作ってほしくてね』
「えっ!着物!!?作る!?どういう事だ…!??」
『ごめんごめん、着物… 浴衣をね。ロシーくんにと思って』
「いや、俺は別に浴衣なんて…!大体着方分からねーしだな!」
『何言ってんの、夏といえば浴衣でしょうが!ロシーくんデケェから家にある浴衣じゃ小っせーんだよ。だから作るぞ!そして8月の夏祭りに浴衣で参戦すっぞ!』
「お前は金の使い方が男らしすぎる…!」
『ありがと。で、ちょっくら布とか色のカタログ見せてもらえませんかね?』
「はい。ただ今お持ちします。」

通されたテーブルに腰を下ろし出されたアイスコーヒーで喉の乾きを潤す。案の定お約束のごとくコラソンがグラスを倒しそうになったが、彼女のフォローで神回避。今日のコラソンは白い綿シャツを着用している。珈琲の染みなんて絶対落ちにくいから止めてほしい。なんて言っても今家事を一手に担っているのはコラソンだから大変なのは彼だ。
慌てて謝罪と感謝を述べる。こんなのは日常茶飯事。今さら気にすることでもない。君と私の仲だろう?と笑えば何故か軽く怒られた。たらしとはどういう事だ説明をしろ。

等とふざけていれば先ほど迎えてくれた… この店の店長がカタログと布の見本を幾つか持ってきてくれた。さて、何にしようか。
なぁんてね。実は大体決めてある。後は本人と合わせてみて似合うかどうかだ。コラソンの好みもあるだろうから話し合うつもりではいるが、色は譲るつもりはない。ならカタログの意味はと問いたいところだが、単に彼に色々と見せてみたかっただけ。何だったら二、三着作ったっていい。稼がせてもらってますからね。懐に余裕はあるよ。

『どれにする?』
「や、安いので大丈夫だ俺は…。世話になってるのに浴衣までなんて」
『…つまりはおまかせで構わねーと?』
「ああ。正直文化が違いすぎて何が何やら…
。みんな同じ布にしか見えん」
『私にゃ結構違って見えっけどねぇ。よーしじゃあ… 色は藍色で、生地は麻。柄はかすみ縞がにしよう。出来ます?』
「はい、ご希望に沿わせます。…しかし藍色とは…。宜しいので?」
『構いませんよ。長い付き合いになると思うので。あ〜…帯は、白に金帯がいいかな』

これが浴衣じゃなくて着物ならば、女物ほど派手には出来んが帯飾りなんかも拵えられたのになぁと内心でぼやく。
恐らく布の種類やなんかを言っているんだろうが、多少日本の文化に慣れてきた程度のコラソンにはただの呪文にしか聞こえず。着物や浴衣に使う柄は古典柄だけでも百には及ぶ。そんなもの分かる筈もない。色だって、ネイビー・インディゴと英語で言ってくれたほうが伝わるのだ。

だからコラソンはよく聞いていなかった。彼女と店長の話を。会話の中の含みを。海軍として海賊に潜り込んでいる真っ最中だったなら聞き漏らさなかっただろうに。

藍色は、青は彼女のお家の色。象徴する色。故に彼女は青を好み、正式な場に出る際は青の着物を着る。それを贈るその意味は。それも着物だ。日本の文化に疎いからこそ贈った。分からなくていいのだ。気付いたら、それはそれで面白そうだけど。



▼追記
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