袖に金木犀で夏の訪れ
2015/07/06 09:59

この家は緑に覆われている。
春には桜が咲き梅雨には紫陽花が広がり秋には紅葉が装い冬には椿が飾る。それ以外にも多様な植物が折々に顔を出していた。
今もああして。庭の角に居座る倉に纏わりつくようにのうぜんかずらが連なっていた。風が吹く度に揺れるそれは静かに夏を感じさせる。彼女はこの庭が好きだった。全体を一望出来るからと2階に自室を設けるくらいには。

そうして彼も。ここが気に入っていた。海とは程遠い陸の地。船の揺れも潮風もない。ともすれば寂しさを感じそうなものなのだが。寂しさは、確かに感じていた。あまりにも己が生まれ育った環境と違っていて。だが今は大分心地よく過ごせている。
こういった平穏な世界も悪くないし、何より彼女と共に見る世界は美しい。

縁側にまでやってくる桜の花びらも青々と視界いっぱいに広がる青葉も咲き誇る花々に群がる虫たちも。生命の営みが純粋に素晴らしいと思う。こんな風に落ち着いて植物や虫を眺めたりなんてしたことがなかったから。

『本格的な夏の訪れまでもう少しだねぇ』
「そうだな…。ここの夏は暑いのか?」
『常夏の国に比べたらそうでもねぇけど。でも年々気温は上がってっから暑いだろうよ』
「そうか。…もう夏になるんだな」

2人。何をするでもなく縁側に並んで座る。そこから望める庭は花と草木が所狭しと植えられている。一見乱雑に植え、好き放題に生えているそれはその実しっかりと職人によって施され手入れされていた。
それぐらい俺がやるのに、と以前ポロリと溢したがああいうのはプロに任せたほうがいいし金は使わなければ回らないからと。…ドジっ子を発揮させて植木をダメにされたくないからとか、そんな裏がないことを祈ろう。

随分前に聞いたがこの島… いや、国には四季というものがあるそうだ。春夏秋冬。コラソンの居た世界では島によってその季節は固定されていた。だから島を移動してしまえばすぐに違う季節に巡り会える。しかしこの国は居て1、2ヶ月するだけで季節が移ろいでゆくのだ。
1年もすればまた同じ季節がやってくる。だというのに日本人はまるでこれが最後だと言わんばかりに一つ一つの季節を楽しむ。何故花見の席取りに寝ずの番までするのか理解できない。どうせ最終的には花より団子なのに。
そう考える時点で自分も大分日本に染まっているとは思い至らないコラソンである。

そして彼女も例に漏れず、四季を楽しむ人だった。

『もうちょっとしたら風鈴飾りてぇね。倉に幾つかしまってあっから日替わりでいこう』
「風鈴?」
『ぎやまん… って言い方じゃなくていいんだっけか。ガラスや銅で出来たお椀型の鐘さ。それに付いた舌っつー部品が風に吹かれて鐘に当たって音を鳴らすんだよ』
「なるほど。だから風鈴か」
『そ。風情があっていいよ』

しかし最近の都会では騒音だなんだと問題になるので取り付ける家は減っている。この家は幸い無駄に広い。お隣さんと呼べる相手とも距離がある。それ故風鈴ぐらい取り付けようとも誰もクレームを付けてこない。
昨今話題になっている隣人トラブルとは無縁そうで何より。

どの風鈴から飾ろうか。コラソンの淹れてくれた冷茶を含みながら考える。金魚鉢が逆さになったようなのもいいし、古風な金属製のも趣がある。
彼女は、四季を楽しむ人間だ。コラソンの印象に間違いはない。それはこうして同居させてもらうようになる前からの事だが最近は特に行動的になっていた。

彼女は一人でも独りでも何でもするし出来る。外食もカラオケも苦ではない。所謂お一人様というやつだ。だからと言ってぼっちなんていう事ではなく、それなりに友人はいるし大切にしている。ただ本当に性格的な面で一人でも行動出来るのだ。一人暮らしをして長ければ一人っ子。一人が寂しいなんてのも無い。
しかし他人と何かをするのも楽しいというのをキチンと理解しているので遠慮のいらないコラソンを巻き込んでいる。

彼女は相手の感情や周りの空気を読むのが大変上手い。コラソンが嫌がればすぐに引くぐらいの器量は持ち合わせている。けれど彼も何だかんだと楽しんでくれているので。

『もうちょっとしたらもっと暑くなる。そしたら夏祭りも始まっし、花火大会だってある。海は入れないけど遊びに行こうや』
「楽しそうだな」
『楽しいよ。楽しいと思える相手と一緒だからね』
「(もう俺は振り回されないぞ…!)」

何度彼女の思わせ振りな発言に悩まされたか分からない。他意はないのだ。こんな風に言っていても。だから己は深読みせず言葉の裏など考えもせずただ言葉のまんま受け取ればいい。そうしないと苦労するのは自分なのだ。とコラソンはつい最近悟った。

冷茶の注がれたグラスを手に取って中身を飲む。もう夏はすぐそこに迫っている。あの鬱陶しくじめじめとした梅雨は去っていった。庭にあれだけ咲いていた紫陽花は既に刈り取った後。これで来年季節を間違えることなく咲くというのだから植物は本当に不思議だ。すごい。
ごくりと、鮮やかな翡翠の緑茶を嚥下して彼女の言葉を反復する。

花火は分かるが夏祭りはなんだろうか。想像も付かない。祭りは分かる。夏、がつくという事は夏にのみやる祭りだろうか。
よく分からないが彼女が楽しみにしているのだから楽しいことなのだろう。未知の物事に対する僅かな恐怖はあるがそれ以上に楽しみだ。うん、と一度頷く。

「そうだな、俺も楽しみだ。楽しい事なんだろう?」
『そりゃあもう。和太鼓にお囃子にソースの焼ける匂いだけでビールが飲めんよ』
「結局酒か!」
『おや、お嫌いで?』
「いや好きだけどな…!?」
『だろうね。ロシーくんも何だかんだ結構な量晩酌で飲んでんもん』
「うぐっ!あ、あれは日本酒が旨すぎるのが悪い!」
『分かる〜。大吟醸は正義』
「獺祭は大正義」
『それな』

夏は冷酒が旨いぞと彼女は言うがコイツは絶対に一年中酒が旨いと言うのだ。やれやれと肩を竦めるコラソンと彼女が浴衣を着て縁側で枝豆と冷酒に舌鼓を打つのは数日後の話。




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