袖に金木犀(仮)で花見
2015/04/16 11:56


『花見しよう花見』

4月の頭に入ったばかりの週末。嬉々として彼女が言ってきたのはそんなこと。洗濯物を畳んでいた手が自然と止まった。

思えばもう季節は冬から春へと移り変わっていた。庭へと視線を移せば植物たちが随分賑やかになってきている。2月の始め頃はあんなに静観としてて何も語らなかったのに。枯れ木同然だった木々には葉がつき蕾が芽を出し、あと幾ばくもすれば花がさくだろう。
それは桜にも同じことが言えて。庭の主役とも言うべき場所に悠然と居座っている桜の大木も花を咲かせていた。

桜なんて話にしか聞いたことはないし、そもそもあまり花に興味のなかったコラソンだがかの桜は凄いと率直に思う。こんなにも堂々と咲く花をかつて見たことがあるだろうか。
淡く色づく桜から目を逸らし彼女を見る。彼女もまた、桜を眺めていた。

「じゃあ今日の昼飯は庭で食うか。蓙でも敷いて」
『いや、それもいいんだけどね。花見は家じゃなくて違うとこ行こう』
「違うとこ?」
『そう。いい場所知ってっから。家のはまぁいつでも出来っし』
「それもそうだが。…じゃあ頑張って弁当作るか」
『私も手伝うよ。最近ロシーくんに任せきりで料理してないしねぇ』

世話になっているんだからそれぐらい、と言葉を返すが相変わらず彼女は笑う。住まいを提供しているだけで後は全部コラソンに頼ってしまっていると。お嫁さんに貰わないと悪いよねぇと軽く言う彼女に言葉が出なかった。せめてお婿さんにしてくれ。



****


彼女の運転する車に乗って20分したところにある大きな公園。鳥かごに入れた津々四と2人で作った料理をお重に詰めてその公園にある池へと進む。猛禽類を肩に乗せた女とその隣をお重を持った大男が歩く。これは人にはどう写るのだろうか。何だか公園にいる人々に見られている気がする。
この国で言うところの外国人に自分は該当するらしいのでそれだけでも視線を集めてしまうのはある程度はしょうがないと以前彼女は言っていた。コラソンは男前だから余計にとも。彼からすれば彼女のほうこそ男前だが。中身の話である。

ぽつぽつと会話をしながら駐車場から歩くこと5分。目的の池に到着した。池、というから水溜まりが大きくなった程度のものだと想像していた。けれど目の前にある池は思っていたのよりうんと広大で。見慣れた海よりかはそりゃ小さいが久しぶりに見る大量の水にそわそわしてしまう。海に密接な環境で生まれた宿命か。母の腕の中と同じく波が揺りかご代わりだった。
ノスタルジーを感じ、また帰郷の念に駆られても仕方ない。

『おじさん、ボート1隻』
「はいよ。あんたが来るってんで用意しといたよ!」
『あんがと。まぁまた何かあったら言ってよ』
「おう、頼りにしてらぁ!」

コラソンが1人ぼんやりと池を眺めていれば彼女が手早くボートを用意してもらう。会話から以前この公園でかもしくはボートの貸出しを管理している中年男性との間に何事かがあったと伺える。きっとまた困り事を解決したのだろう。それもスピリチュアル的な方面での困り事。彼女がか、彼女の家がかは知らないが。
時折こうして出掛けた先は大体そうだ。パイプが多くて把握しきれない。

けれどそれを決して多用せず、程よい間隔で利用している。世渡りが上手いなと実に思う。スパイ向きな性格だ、と最近成りを潜めていた海軍将校としての顔が表に出た。こんなところで出してどうすると頭を振った。
船に乗り込む手前で振り向き手招く彼女に誘われるようにそちらへ。小ぶりなボート。自分が乗ってしまって転覆しないだろうかと不安になるがなかなかどうして。上手く設計されている。やや揺れはしたが転覆の可能性は無さそうだ。2人とも船上ではしゃぐ性格でもない。普通にしていれば大丈夫だろう。

お重を真ん中に置いて彼女がオールを漕ぐ。普通こういうのは男である自分の役目ではないのか。言い出す前に動かされてしまったから何とも言えない。無理矢理オールを奪うことも出来るが楽しそうだし、このままにしておこう。
それに日がな座り仕事で運動不足。こういうところで体を動かしておかねばね。

『ここら辺でいいかな?』
「ああ、充分じゃないか」

漕いで来たのは満開の桜の下。この公園は池の回りに桜が咲き誇ることで有名。彼女たちのようにボートで花見をする客も多い。が、今日は何やら少ない。管理側が気を利かしてくれたのだ。あの六月一日が来るからと。ありがとうございます。

水面へと枝垂れる桜。その花びらが散って水面を淡いピンク色へと染め上げる。風によって流れて行く様は正に花筏。美しいなと思う。それは彼女も然りで。同じものを見て同じように美しいと思える事がどれ程尊いか。
この歳になるまで気付かなかった。

『いいねぇ…』
「見事なもんだな。こんな景色はそうそう御目にかかれない」
『だね。舞い散る桜と別嬪さんを拝めながらの酒は格別だろうになぁ。飲んだら飲酒運転で捕まっちまうもん。あー残念』
「…………。」

これを素面でも言うし酔っていても言うから困ったものである。顔が熱い。気温が上がってきたのだろうか。


▼追記
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