(ハルと充葉)





「人間なんていうのは酷く苛立つ生物だ。自分も含めて。卑屈になっているわけじゃない。純粋に苛立つんだ。喋っていると特に。なにがって、息遣いとか、仕草とか言いだしたらきりがない。ただ、一緒にいて一番嫌なのは顔色を伺うような愛想笑いだったりする。会社とかで喋っているとわかるんだ。いかにも「合わせてあげてますよ、あなたに」っていう笑い方。目の動き。冗談じゃない。すべてお前たちが勝手に僕に合わせているだけじゃないか。社会だけじゃない友人関係でも言えることだ。自分のためだろう。結局。他人に気を使うのも自分が可愛いからだ。自分が大切じゃない人間が愛想笑いしたり、空気を読んだりできるものか。そうするのが楽だから、そうしてるんだろう。誰の為でもない。押し付けられない。自分が本当に大切じゃないっていうんなら、そこに座って黙っていればいいんだ。ムカつく。苛つく。本当に。一人じゃなにも出来ない癖に。役にたたない凡人のくせに。それで失敗したら僕のせいかよ! 機嫌を今まで取っていたから、上司である僕のせいにして。笑って。笑ってんじゃねぇ!」


酔っ払いの愚痴というのは恐ろしいな、とハルは黙って充葉の話に耳を傾けた。耳朶は真っ赤に染まり、たまに嗚咽を発する充葉の意識はもうこの世にはないだろう。長期に渡り充葉が関わってきたプロジェクトが今日静かに幕を閉じた。正式には充葉に懐いているように見えた部下が取引先に対し、口にするのも憚られる失態を侵したので、上司である充葉が責任を取りプロジェクトから離れるようになったのだ。平気そうな笑みを会社にいる間は浮かべていたが、ハルにだけは、どんよりと曇った重石が充葉の肩に乗り掛かっているのに気付き、飲みに誘った。
以前、過ちを酒の席で犯しているので、飲むことに抵抗を示した充葉だが「大丈夫だ、また間違ったら今度は殴ってでも目を覚まさせてやるよ」と告げ半ば強引に嫌がる充葉に対し酒を飲ませた。
これが、その結果だ。
下心がなかったと言えばハルも男なので嘘になるが、それ以上に落ち込んでいる充葉の肩を軽くしてやりたいという思いが強かったので、文句はないし、甘んじて愚痴は聞く。なにしろ、充葉にはハル以外に愚痴を告げることが出来る相手が殆どいないからだ。本来なら、会社での他愛ない愚痴などは同居人兼恋人のジルが聞く役目だとハルは常々思っていたが、相手が、あのジルでは愚痴さえも吐くことは出来ないだろう。充葉に片想いしているからだろうか、ハルはよく充葉が語る他愛ない会話の中から「話し合うことが出来ない相手とどうして一緒にいるのだ」と思っていた。人間同士の付き合いの中で最も重視されるのは会話だとハルは考えている。女性のように無駄に喋れと言っているつもりはないが、ある程度、誰かに喋れないと心を整理出来ない。もし、黙することで整理をしている人間がいるとするならば、その人間は自分一人という小さい視野の中でしか生きていないことになる。充葉はそうではないし、喋らなければ発散出来ないタイプだ。今日のように多く語りはしないが、弱音は気を許すと共に、ゆるゆると隙間から湧き出て、ぽつりと落とすことが多い。それなのに充葉の話を聞くことを滅多にしないジルとどうして付き合っているのだろうと、ハルは再び首を傾げた。付き合っていてお互いにある程度好きなのは確かなのに、相手のことを知ろうとしないというのは、多分どちらも自分本意な人間であるだろうし、なんて侘しい関係なんだともハルは頷きながら感じていた。
「なら俺にしておけよ」と今までの女でならば告げられたのに充葉に対しては言うことが出来ない。なぜなら、結局、今みたいに「なぁジル」と潤んだ眼差しで見つめられ、ハルには見せたことのない表情で充葉が笑うからだ。
予想でしかないし、外れて欲しい予想だが、ハルは分かっていた。充葉にとってこうして自分が話を聞くのも、すべでジルにしたい行為を変わりに実行しているに過ぎない、と。


「飲み過ぎだ、充葉。帰るよ。ほら、俺はジル・オーデルじゃない」
「うっ、じゃぁ誰だって言うんだよ」
「ほらほら。とりあえず肩に手を置いて」


ハルだよ、とは言えずにしゃがみこみ、充葉の手をとった。
気泡をたてる自分の心と葛藤しながら、約束したのだからと首を振る。充葉もジルも殴ってやりたい気持ちでハルはいっぱいになった。






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