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 頷いた後、地面を見つめている僕に対して、ジルは察してくれたようで「じゃあ、充葉の家でもいいけど」と言ってくれた。僕は傍から見て判るくらい単純に喜び、母にジルが遊びに来ることを告げた。
 一旦、ゲームソフトを取りにジルは帰宅し、すぐに僕の家にきて、二人してコントローラーを握った。母が用意してくれたお菓子で両手を脂だらけにしながら、新作のゲームを楽しんだ。なんでも新しい物は楽しかった。
 二人してはしゃぎ倒した。
 格闘系のゲームだったので、自分が動かすキャラがやられるたびに、演技をして「うぎゃ」という声を出して床に大げさに寝転び、倒されたモノマネなどを適度に挟みながら。
 
 そんなことをしていると、知らない間に時間が過ぎていった。僕の母が「ジルくん、もう遅いから帰ったら」というまで、僕らは時間を忘れて遊んでいた。時計を見ると六時をすでに回っていて、ジルは慌てて飛び跳ねると、「わるい、充葉」とだけ言って、焦った顔をしてゲームソフトを持たずに家を飛び出した。どうして彼がそんなに焦っているのかわからなかった僕は、明日返せばいいかなぁ、なんて呑気なことを考えながら片づけをはじめている最中だった。
 ジルの悲鳴が聞こえたのは。
 クラスの人気者であるジルが発する声とは思えない奇声だった。僕は立ち上がり、駆ける。ジルの悲鳴を聞いた僕の母と一緒にジルの家へと上がりこんだ。
 扉をばんっと開けると真黒で辛気臭い雰囲気が漂う廊下が顔を出す。目線を下へ向けるとジルが座りこんでいたので、僕は近づこうとするけど、鼻腔を生臭い香りが横切り、脚を止める。

「母さん、母さん、母さん、母さん!」

 ジルが叫んでいる。誰かを、抱えながら。誰か、じゃない。それは間違いなくジルのお母さんだ。窓から入り込む光が匂いの正体を明かす。
 血だ。
 真っ赤な血液がいっぱい廊下に溢れている。それはジルのお母さんの手首から溢れかえっていた。ジル自身の手のひらも赤く染まっている。まるでジルが殺したみたいに見えるけど、明らかにジルのお母さんが自分で自分の手首を切ったのだということがわかった。だって、彼女の手には血がべったりついた鋏が握られていたのだから。


 とりあえず、その場は僕の母が処理した。
 機敏な行動力を見せた僕の母は、すぐさまジルのお母さんを応急手当して救急車を呼んだ。気を失った、死んでいるのか生きているのか判らない、呼吸をしていないように見える身体は、赤いサイレンに運ばれていった。
 僕はそれよりもジルが心配だった。彼は頻りに、オレが帰らなかったせいだ、オレが時間通りに帰らなかったせいだと、繰り返し述べていた。僕はそんな彼の身体を擦ることしか出来なかった。
 後日、ジルのお母さんの見舞へ僕の母と一緒に足を運んだ。家が隣ということもあり事件を発見したということもあるが、それより母親同士が妙に仲がいいからだ。家が隣同士ということも、僕の両親とジルの父親の仲が妙に良いことが関係しているらしい。詳しい事情は知らないが、過去の複雑怪奇な出来事がジルの母親を今の性格にしてしまうことに拍車をかけたことは透けて見えた。おそらく、ジルの父親とだけ、僕の両親が親しくないということが関係しているのだと思う。


 病室でどうして手首を切ってしまったのかとさりげなく尋ねる僕の母へのジルのお母さんはこう述べた。

「ジルくんが、帰ってこなくて、ふあん、だったの。五時には帰ってくるって言っていたのに。どこへ行くかも聞かなかったし。ジルくんになにかあったんじゃないかって思って。どうしてって思って。お父さんも会社に行っていていないし。そうすると、これが現実か判らなくなって、切っちゃったの」

 と。その言葉を聞いて僕はジルが繰り返し、自身を責めるように告げていた言葉の意味を理解した。
 僕はジルが心配になって、今すぐ病室を後にしてジルのところへ行きたかった。だって、あの日ははじめ、ジルの家で遊ぶ予定だったんだ。それなのに、僕が駄々を捏ねるような態度をとったから。ジルのお母さんが手首を切って入院までしてしまった責任の半分は僕にある。だから、余計にジルを慰めたかった。きっと、このころの僕は慰めることによって自分の罪悪感を軽くしたかっただけなんだろうけど。



 けれど結局、ジルとはジルが学校に登校してくるまで会えなかった。家のチャイムを鳴らしても門前払いされた。手紙を書いて、次女のノルちゃんへ渡したけど、返事はこなかった。拭えない罪悪感を抱えながら自室へ戻るという日の繰り返しだったけど一週間経ってからジルは学校に来るようになった。








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