但しそれは貴方が幸せな世界になる、矛盾であり覚悟である







生理が止まってしまっただけよ



藍は竜に泣き崩れながら、冷静さを保つ虚勢で自己を精一杯支えるといった口調で告げた。厭味なくらい美しい桃色の唇が震えているとは知らず。竜は久しぶりにこの細く折れてしまいそうな肩をした姉が女であることを思い出した。女と男の脆さでは根本的に違うものがある。姉である藍はどちらかと云うと男性的な脆さを抱えていたが、虚勢を張り、弱さの引き出しを披露するなど、女特有の弱さである。兄である充葉に聞かせれば、女であるとか、男であるとか、知識としての認識で他人を決め付けることこそお前が脳内でしか物事を知らない証拠だよと云われるだろうが、竜はこの場で、女である、ということ以上に的確な言葉を知らなかった。最も、充葉は兼ねてから、知識として他人を計ることを妙に嫌う男であったが。充葉自身が博識であるが、その上で、充葉は他人に知識を披露し、他人を計るということを妙に嫌っていた。知識を見せびらかすのは知識しかない人間がすることであると云う彼の言葉はすべて自分へ返るものであるのに、屈託なく悩殺な言葉を述べる充葉の矛盾に竜は瞼を閉じる。
ただ黒沼竜という男はなんでも知っていて掌握しているが故に、両肩を抱き締めるように泣く姉に対して、そのような感想しか抱くことが出来なかったのだ。


いつから
この前
この前って
だから三ヶ月前からよ!


ヒステリックに叫ぶ藍の姿に理不尽だと感じながらも、普段、自分を年相応な姿へ変えてくれる礼だと云わんばかりに口を閉ざし、彼女を宥める。
竜は藍の細い肩を姉弟の慈愛によって抱き締めると、啜り泣く彼女の耳朶に息を霞めながら、末子である帝が居ればと脳内に屈託のない笑みで笑う弟のあどけない表情を思い出した。大抵の帝の本質を理解していない人間からすれば、この緊迫し惨烈とも云える世界に帝を投下するなど反対だと意義を張り叫ぶだろう。だが実はそうではない。彼は柔らかく手折ってしまえそうだが、彼の内面は柔軟で捨てる存在と拾う存在を釈迦の如く自然に理解している。他人から浴びせられる罵声を受け入れる器量の広さもある。その上、争いを否定する性格上、限りなく強い。傷つきはするが、第三者が傍観し、心配だ、と叫ぶより、帝の世界は強い。無責任に優しさを受け入れているわけではないのだが、その実を理解している人間は少ない。
泣き綴る藍に対し有効なのは帝であるだろう。帝の柔軟な優しさは彼女の荒れ果てた気持ちをぶつける相手をしてくれる。だが、これは竜が楽になる手段であって、誰も傷つかない手段ではない。だからこそ、藍は無意識にしろ意識的にしろ、竜の傍へ足を運んだのだ。


優しい姉だと思う。家族の誰よりも感情的で、本質は誰よりも人間らしい。そんな姉は竜の前で啜り泣く。幸福でない世界に浸り酔う。普段の竜ならば、振り払う藍の折れそうな骨を抱き締めた。湿気臭い部屋は藍の雫で埋め尽くされている。



避妊はした
してるに決まっているじゃない。薬だって飲んでいるもの
じゃあ、妊娠じゃないね
知っているわ。慢性的なストレスによる生理不順ってことくらい
けど、辛いんだね
え、え



藍は再び赤子のように泣きだした。藍の姿は人間らしく、外での彼女とは別人だった。


優しい世界に産まれてこれたら誰もが良かったのにね、姉さん


普段呼ばない、姉という言葉を使い、竜は藍に囁くと、藍からは鋭利な刃物のように、好きな人でしょ誰もがの部分と返ってきた。竜は不意を突かれたといった表情をしたが、慈愛に包まれた笑みに戻ると、その世界には姉さんもノルさんも入ってるんだよ、と告げた。











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