お前の言葉が俺を追い詰める。


紀一と俺は幼馴染で、ずっと一緒にいた。小さくて豆粒みたいな俺と違って、紀一は身長がすらっと高い。その癖、俺より細いのではないかと錯覚してしまうくらい、線が通った体つきで、足は嫌味なくらい長い。辛党の俺には信じられないけど口には糖分を常に含んでいて、知らない間に俺のポケットには飴が入っているのが普通になった。ポケットから様々な種類を取り出す俺に対し、大阪のおばちゃん、なんていうあだ名がついたくらい。地味で教室の隅っこで下を向いている、特技は掃除という俺の本名は知らなくても、大阪のおばちゃん、というあだ名は知っているというくらい広まった。木野紀一の幼馴染として。
昔から紀一は不思議な雰囲気を纏っていた。幼い頃、頭角を潜めてはいたのは、周りが気付いていなかっただけ。放任主義な紀一の両親よりずっと一緒にいた幼馴染の俺は気付いていた。紀一が一歩下がった距離感ですべてを見渡す眼差しで人間を見ていたことに。一目見るだけでその人間のすべてが判ってしまうような、短絡な笑みを浮かべた後、紀一はすっと、いつもの、楽天的な顔を作る。周りはその紀一が普段から見せている表情へ寄る。虫が樹液に群がる姿に似ていて、俺も笑ってしまったけど、よく考える暇もなく、俺という人間も、紀一に群がる虫の一つにしか過ぎなかった。ただ、紀一が俺を横に置いたのは、幼馴染というだけであろうと、思っていた。紀一は誰にでも執着しない。来るものは拒まず受け入れるが、去る者は追わない。極端な博愛主義者にも映る。だから、紀一はいつも特別人気者というわけではなかったが、常に誰からも一目置かれる存在だった。きっと、紀一が見ている世界からしてみれば、人間と言うのは平等に美しく、平等に醜いのだろうと、子ども心に俺は思った。
だから、去らなかった俺はずっと紀一の横にいた。別に理由なんてない。紀一の傍は扱い方一つ間違わなかったら居心地が良かったし、そもそも、俺は紀一以外に交友関係を広げるのが面倒だった。楽しいことは紀一へ喋ればいい、嫌いな相手が出来たなら紀一へ喋り鬱憤を解消すればいい、喜怒哀楽の感情、すべてを向けるのは紀一一人で充分で、紀一は、それを満たしてくれた。紀一の傍は楽だった。扱い一つ、間違わなければ、だけど、さ。
稀に紀一の言葉は俺を追い詰めた。人間を透かした眸で見る男だから、俺のことも当然、見透かされていて、偶にそれが俺を責める。例えば、俺が愚痴を吐いていたら突然、黙りこみ、汚い人間なんだね、健太は、人間らしいよ、とそれだけを告げ、にこにこと笑っている。また、珍しく人前で発言し期待の眼差しで紀一へ眸を向けると悲しそうな笑みを向けられ次、頑張ろう健太、大丈夫だよ、と告げる。俺はその度に、気付かなくていいことを、二つ、一つと自覚し、紀一が望むような人間の形ではないのだと、醜さを暴かれたような気持ちになり自信を根こそぎ奪われる。
多分、なんとなく、だけど(俺には紀一みたいに人を見透かす力なんてない)紀一の世界で人間と言うのは平等に美しく、平等に醜いのだろうけど、紀一の中でその予想を裏切るような人間像があって、無意識に彼はそれを求めているような気がした。それが、偶に言葉に出るのだ。残酷なくらい甘美な言葉は、俺を突き落とし、お前は俺の理想に達してないんだよ健太、と言われた気持ちにさせられる。俺はごめん、と謝る術も知らず、項垂れ時間が経過するのを待つ。時間はすべてを回収して、修復してくれる。本当なら、俺は紀一の傍にいる代償として、紀一の理想の人間となるべく努力をするべきなのかも知れない。けれど、億劫だ。ただの友達の為に努力するなんて億劫で、そもそも、友人関係を構築するのが面倒で紀一とずっと一緒にいるのだ。良い人間になろうとする努力ほど、自分の体を切り裂くことはない。理想像というのは叶わないから理想なんだ。もし、自分自身が思い描く理想に達していると勘違いしている阿保がいれば、そいつは自意識過剰なナルシストに違いない。そもそも、自分自身に満足している人間なんてものは、死んでしまえばいいんだ。俺は思う。お前が生きている意味はないんだと。
俺の世界はこうやって薄汚れていて、けど、この薄汚れも自分を安心させるための薬でしかなくて、あはははははは、と笑った。


なーんて、考えていて、ずっと紀一の傍にいたのに、今日、なんと、告白された。
俺のことが好きなんだそうだ。
笑ってしまいそうになった。
どの口がそれを言うんだと、殴り飛ばしたくなった。俺のことが好きなら俺に優しさだけを与えろよ! 俺を気持ちよくさせろよ! 苦しさと楽しさを同じくらいしかくれないくせに。いや、俺にしてみれば、お前が俺へくれているモノなんて、全部苦しさ以外の何者でもないけど。

答えを求める紀一に対して、俺は蔑んだような眸を向け


きもちわりぃ、このホモ野郎


と告げた。
言い逃げ見たいに、声にだし、鈍足な足を必死に動かして逃げた。足を動かす度に、酷い言葉を吐いてしまった自分への後悔が押し寄せて、馬鹿じゃねぇのって思いながら息を切らす。
紀一のために用意していた飴はやぶれたポケットから毀れ落ち、俺が逃げてきた道を教えていたけど、紀一が追ってくることはなかった。
暫く、互いの家の前にある公園のブランコで紀一が来るのを期待していた俺は、この時はじめて、自分がずっと紀一の傍を離れられなかった理由にも、理想像を重ねられ激怒した理由にも気付いたのだった。もう、夢が詰まる乗りものではなくなったブランコの鎖から手を剥がし立ちあがると、自分勝手な涙が溢れて来て、払拭したくて、ブランコを蹴ったけど、自分へ跳ね返り、痛かった。
俺の身体を受け止めたのは砂場で、きもちわりぃ、このホモ野郎、と声に出してしまった自分の言葉が頭の中で反響し、億劫だというだけで、自分自身の心を深く考えてこなかった自分の心がさらりと死んだ音がした。








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