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 坂本はしばらく僕を好きなだけ睨んで、去って行った。他の友達と「やっぱりジルこねぇってさ」と喋っている。あんな勝手気ままな態度を友達に取られたら、ジルに対して苛立つだろうが、彼にはそうさせない魅力があった。
 美しい容姿もさることながら、ジルにはなにをしても許される雰囲気というのを生まれながらにして持っていた。
 どんな態度をとっても、ジルの眸を見るだけで、こいつなら仕方ないと許してもらえる。
 僕にしてみれば嘘みたいな才能だ。
 ジルが持っているどの才能より羨ましいかも知れない。努力せずに教科書を捲るだけで難関問題がすらすら解ける頭脳も、どんなスポーツも完璧のこなす身体能力も羨ましくないわけじゃないけど。
 まぁ、その八つ当たりが僕に飛びかかってくるときがあるので迷惑だけど。女性的な妬みだと言ってやりたくなる時が暴言を吐かれ続けるとある。それを仕方ないと割り切れるのは僕という人間もジルの魅力に惑わされているから、かも知れない。
 けど、暫くジルの友達の会話に耳を傾けていると空元気が伝わる声で、皆が喋っていた。傷つくことは傷つくらしい。僕は背負わなくてもいい申し訳なさをひっそり感じた。
 彼らに言ってやりたかった。
 別にジルは僕を優先して扱っているわけじゃない、僕が特別というわけじゃないし普段一緒にいて、仮にも友達だと思っている君たちのことがジルは嫌いなわけじゃない。まぁ、好きでもないだろうけど。
 ただ、僕が傍に居るのは彼の事情を良く知っているというだけだ。

 そして、ジルの世界で特別なのは一人だけなんだ、ジルがいつも早く帰宅するのはその人の為なんだ、と。

「充葉ぁ」
「な、なに」
「いかないの、委員会?」
「行くに決まっているだろ」
「そっかぁ。うん、行ってらっしゃい。オレは待っているからねぇ。一緒に帰ろうね。ファミレスに行こうね。美佳さんにはオレから許可を取っておくからさぁ」

 美佳さんとは僕の母親の名だ。若づくりな母なので異様におばさんと呼ばれることを嫌う。実際、高校生の息子がいるように見えない外見をしていて、並大抵の男が跪きたくなるような美しさを保持した女性ではある。
 僕の家族は父親、母親、そして妹の長女、藍が一人、弟の次男、竜と三男、帝が二人と長男、僕で六人家族だ。
 母親の容姿は群を抜いて整っているが、父親もそして、長女と次男も美形である。僕と末っ子の帝だけが家族内に置いてどこにでもいる凡庸な顔立ちをしている。僕は母に帝は父に似ているがバランス一つ崩れるだけで、顔の造形というのは変化する。僕の顔は母の顔をもっと劣化させたものだし、顔だけで見れば末っ子の帝も父の顔を劣化させ身体を小さくした造りになっている。
 両親が美しいからといって、子供までが美しいということは決まっていない。けど、顔が整っているとか、そうでないとか、僕にはどうでも良かった。家族は大切だ。大切なものが少ない僕にとって、家族、というのは別格にあるものだと思う。他愛無い会話とか、そういうのを大切にしていきたい。
 ジルは、僕にとって、大切、と言い切れるほど簡単な関係でないような気がするから。もっと複雑に絡み合っている。少なくとも、僕から見たら。この感情の正しい名づけ方なんて知らない。ジルから見たら、僕はその他、大勢と一緒の存在だろうけど。

 ああ。尤も、ジルの家、オーデルシュヴァング家みたいに全員が美形という家もあるのだけど。




と、いうか、それより、僕はまだファミレスに一緒に行くことに対しての同意をだしていないのだけど。

「ねぇ、充葉。待っていてもいいんだよねぇ」

 ぎょろりとジルは僕を覗きこむ。目と目がぱちりとあって気まずい。視線を外そうとするけど僕の目をジルは追うので意味はない。

「だから、勝手にしろって。一応、委員会終わったら教室には寄るけど」

 僕がそういうとジルは満面の笑みで微笑んだ。神様から与えられた顔が柔和に微笑む姿を見てしまった。ジルは良かった、良かった、と僕の頭を撫でたが、振り払い、今度こそ廊下にでて、駆け足で委員会へ向かった。
 廊下を歩いている最中、心がちくちく膿むように痛んだ。きっと、ジルの友達に睨まれ、それによって、ジルの一番大切な人間の姿を思い浮かべてしまったためだ。
 僕が理解できない彼の中心。
 化粧が施された顔、授業が終了すると同時に慌ただしく帰宅するわけ。
 彼の僕が理解出来ない行動の発端にはいつもジルの『母親』が居座っている。








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