「ふーん本当に紀一さんのことも覚えてないんだなぁ」
「うん、なんだかごめんね。君とは友達だったって聞いてるよ」
「誰に」
「隣の女の子に。甲高い声で喋る黒い髪をした子だよ」
「ネネにかぁー」
「ネネって言うんだね」
「知らされてなかったの」
「いっぱい叫んでた気はするんだけど、ネネっていうのはあの女の子の名前っていうことは知らなかったんだ」
「へぇ、そうなんだ。ねぇ、紀一さんの名前は紀一さんだよ。木野紀一、名前くらいは覚えておいてねぇー」
「紀一さん、ね」
「あ、呼び捨てでいいよ。紀一さんは、他人にさん付けで呼ばれるの嫌いなんだ」
「自分はさん付けなのに、変だね、紀一は」
「この呼び方は特別なの」
「わかった、じゃあ、紀一、よろしく」
「よろしく、帝。握手なんて久しぶりだな」
「そうなんだ」
「紀一さんと帝が握手したのはオトモダチになったときだよ。ふふ、やっぱり一緒なんだねぇ」
「本当に、一緒に思うの、紀一。僕は僕なのに、記憶を覚えていないってだけで、周囲が変な目で見るから、僕は黒沼帝とは別人と思ってもらってもいいんだよ。もちろん、記憶を失くす前の僕が君と親しかったってだけだから、今の僕とは親しくしてもらわなくても、かまわないんだよ」
「……――紀一さんには、一緒の人だよ。帝は帝で、本質はなにも変わらないでしょう。紀一さんは知っているよ、帝は誰よりも優しくて今みたいに自己犠牲が出来て、見返りもなく他人の幸せを望める子だし、多分、帝の周りの人が今の帝を別人だと感じる原因である、その、はきはきとした喋り方も、帝が実は誰よりも意思を貫ける人間だって知っていた紀一さんにはなんの問題もないんだよ。悪く言えば、帝は頑固だった。その頑固さが、前に押し出されているか、そうでないか、の違いでしかないんだよ。今の帝と以前の帝の違いなんて」
「そう、なのかな……」
「そうだよ。戸惑っているのは周囲の人間が帝の本質を見抜けなかっただけの話だと紀一さんは思うんだなぁ。だから、紀一さんはどっちの帝でも構わないんだ」
「ありがとう、紀一」
「うん、どういたしまして、かなぁ。紀一さん、紀一さんはねぇ、その人が、その人であるなら、後は関係なんかないんだよ」



紀一はそう言って僕の腰に抱きついた。覚えていないはずの感覚が懐かしくて、胸の中にあたたかいものが蓄積されていく感覚を味わった。
同時に、ちくり、と音をだして、茶髪の髪の毛が脳内に再生される。幼馴染だと紹介された男の納得できないという傲慢さを隠し持った、僕が知る世界で最も醜い顔だと分類される表情を見せたあの男の顔がちらつき、痛みを持つ。あの表情を見た瞬間、襲いかかった、逃げたいという衝動や、焦がれてしまう程に苦しい締め付けの名前を僕は知らない。ただ、他人に対して悪感情を抱かない、僕が、あの男の顔を見たときだけは、憎悪に類比した感情が胸の奥底でちくり、ちくり、と湧き出ていたのは確かだった。それは、おそらく、あの男に直接向けられた怒りではなく、思い出すと辛くなる、誰かが告げているようで、恐ろしかったのだろう。











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