石をあげよう


紀一に言われた。卑猥を纏う細く伸びた指先が僕の顎を掴み、無理矢理、上にさせると、眼球と眼球が舐めあう距離で、石を唇の隙間から口内へと押し込まれた。飲むんだよ、と陽気に指示するので僕は自分の折れそうな首筋に手をやり、未発達な喉仏が上下するのを確認する。食道を通り、石が胃液の水溜まりへと落下し、融解する音が聞こえたようだった。



食べられたね、帝。紀一さんからの罰を

うん、ありがとう紀一
いいんだよ、紀一さんは、優しいからね
本当だね、紀一
そうでしょ、そうでしょう。だから、帝の話をまた聞いてあげるよ
うん、ありがとう



三角座りで向かい合う僕ら。紀一は陽気な表情で僕を見つめる。誰もいない放課後の教室。校庭では運動部が部活動に励む声が聞こえるけど、死にたくなるような真っ赤な夕日に囲まれたこの教室で、僕らは学校という鉄格子に入れられた孤独な囚人のように向かい合い、笑顔が耐えない紀一の前で、僕はひたすら自分のための涙を流し続けていた。
紀一は僕の悩み事に相槌を入れながら聞いてくれる。時たま、飴を舐めるリップ音が耳朶を過った。
一通り話終わると紀一は砂糖菓子が詰まった空気を煙のように吐き出しながら、机の上に並べられた石を指先で摘み上げ、僕の口内へと押し込む。先程より、大きめの石で口に含むので精一杯だったが、ごくり、と飲み込む。石が動く度に、切り傷が出来ていく。痛みは快楽へは繋がらず、鈍い苦しみだけを僕へ与えた。恣意のままに紀一が僕へくれた、罰。人のことを、少しでも悪く言った僕に相応しい、罰。



帝は変わってるよねぇ。紀一さんにはよく判らないよ。帝が今、紀一さんに話したことなんて、普通に呼吸をする人間が日常的に吐き出している言葉なのにねぇ。

そうかも、知れないけど。けど、僕は

大丈夫だよ、紀一さんは帝の変な所も大好きだから

ありがとう

それより、帝は、こういう話はトラクンにはしないの



僕は自分の呼吸が止まる音を聞いた。激しい心音だけが、耳障りな雑音となって、中耳へ進む。
切り傷だらけの口内を開き、血液を唾液に混ざらせながら、僕は口を開いた。


トラに言えるわけないじゃない。トラに言ったら僕の駄目さが更に目立っちゃうよ。僕は自分が自分で嫌だと思う所を全部隠してようやく、トラという一人の人間に恋する権利を与えられるんだから。そうじゃなかったら僕みたいな人間がトラという素晴らしい人間に対して恋慕を抱くことすら許されるわけがない。いや、本当はね、多分、汚い所や嫌な所を全部隠しても、僕なんかがトラへ恋慕を抱くっていうのは間違いなんだ。許されないんだ。それを今は見逃してもらっている状態なんだと思う。けど、嫌な感情もそれを誰かに伝えることも罰がなければ、見逃してさえもらえない。だから、トラにだけは言っちゃいけないんだ。それに、言ったらトラにとって僕という人間は本当にどうでもよい人間になってしまいそうで、怖いんだ




言い終わると血液の束が唾液の固まりとして、排出された。紀一は僕の血をみて、珍しく人間らしい表情を作っていた。




じゃあ、トラクンは帝の本音をぜーんぶ、ぜーんぶ、隠されたままなんだねぇ。紀一さんはとてもトラクンが愚弄された人間に見えてきてしまったよ





紀一は満面の笑みで告げると、先程より大きな石を手にとり、僕へ食べさせる。口内へ納まるサイズじゃないのに、頬を膨らませ、唇と唇に切れ目を入れ、石を無理矢理押し込めた。飲めるはずが無いけど、口を縫うように閉ざされ、鼻を落とされ、飲み込まずにはいられなかった。食道の下へと落ちていかず、紀一が掌で僕の頭を何回かに分けて叩くとようやく、落ちてくれた。
喋ることを許されない僕は、紀一の話を聞く。



それにしても、帝はいつも自己評価が低いよね。紀一さんは帝がトラクンに劣っているとは思えないんだけどさぁ。帝は頭も良いし、将来有望ってよく誉められているよ。ゲイだけどね。



喋ることを剥奪された僕は立ち上がり、鞄から、筆記用具を取り出す。白磁のノートに刻み込む。
いくら頭がよくても意味がないのだ。僕という人間にとって紙の上での成績なんて。今は座って出された問題をただ解いていけばいいんだ。多分大学も良い所に入れる。けど僕という人間はそこまで、なんだ。座っているだけで、用意が整わない世界に腰掛けるたけで、今、僕が誉められる長所や特技は全部、消滅して残骸になってしまうんだから。だから、僕の価値は無意味なんだ、よ。もし、トラより僕が勝っていると数えられる所があるとしたら学力だろうけど、意味ないんだよ。そんなの、結局、ね。

書き終えたノートを紀一へと見せる。また人間らしい顔で寂しいね、と告げられたような気がした。
紀一はさらに大きな石を指先で摘み上げると、教室の床へ投げつけ叩き割った。砕けてしまった、石を見ながら、縊死となった自分の姿が見え、今まで体内で孕んでいた、溶け切れなかった石が肛門から姿を表した。制服が汚れる。仕方ないから、脱ぎ、排出される石を見た。僕の汚さが詰まっているなぁと思い、じわり、と自分が憐れだと泣く。紀一は相変わらず飴を舐めながら、甘い息を吐き出し、僕を笑っている。石を投げ付けたけど、紀一の吐息によって消滅され、僕は乾いた笑いを浮かべながら、泣くしかできなかった。










「帝?」




がらりと開いた教室の扉。聞き慣れた声が聞こえてきて、声帯がつぶれてしまった喉を動かしながら、名前をよんだ。



「 」











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