飴玉を飲み込んだ。甘ったる過去の情景を含んだ糖分は私の中へ沈没していく。もっとも、重要視される飴玉の中身は私の夢でしかないのだけれど。
学校から帰宅し、扉を開けると田舎臭い煮物の香りを漂わせエプロンをつけ、おかえり、と微笑んでくれる母もいなければ、新聞を広げ娘の学校での光景を纏めた会話を黙って聞いてくれる父もいない。あたたかく、無条件に腕のなかで抱き締められ、鉛がついた瞼を閉じ、空想の世界へ旅立ったことなどなかった。
甘い、甘い、糖分を含んだ飴玉のような記憶は、全て幼い私が創りだした夢にすぎないから。辛くて腕が屈折してしまいそうな時に家族に対して求める支えというのは無く、私は両手で自らを抱き締めていた。また、類比した感情を弾け飛ぶような瑞々しさをもった下の妹弟二人に味あわせてはいけないと、彼女たちの両肩を抱き、部屋の隅っこで蹲った。
日課のように咆哮する実兄の轟いた肉声や、対抗するような奇声を発する母の嘆きや、人間らしい愚かな醜聞を顕にする父の肢体から逃れるために私はただ、指先が白くなるほど力を込めて、抱き締めた。全部が同じ音量で身体に飛び込んできて破裂してしまいそうだ。声を潜めることしかできなくて、助けて! と瞼を閉じていたら、頭を優しく撫でられて、私だけを抱き締めてくれた。



そう疑問に感じ顔をあげると藍ちゃんが優雅な眼差しでこちらを見ていた。私が昔から綺麗だと感じていた、整った顔をこちらへ向け。にっこりと。長い睫毛の下から、大きな眸がこちらを見ていた。宝石が埋め込まれたみたいに輝いていて、私は思わず息を止める。



藍ちゃん

ノルちゃんは不器用だね。もっと私を利用したらいいのに。辛い時、そう、今みたいな状況で友情という名に則って私を利用してくれたら良いのに。貴女だけが私の中でそれをすることを許されているのに、肝心な所で幼稚になり白眉な部分を失うのね。私と貴女は莫逆している関係だから私の考えていることが通じていないわけがないというのに、どうして、いつも躊躇うの。本当に馬鹿なんだから。



うん、ごめんね。藍ちゃん。


わかれば良いのよ。私は貴女は私のモノであり、私は貴女のモノなのに、それを土足で踏み込み罵倒し、脆弱な存在にさせる人間や環境が許せないっていう個人的な憤りを感じているけれど、貴女もそうでしょう。それが限界まで達する前に私が貴女を抱き締めてあげる。ほら、こうやってね。ついでに、貴女は妹弟の手でも握っていてあげたら。私は貴女以外に愛を捧げ、貴女以外が私を利用することを許さないけど、貴女が護ろうとするものなら、貴女が私を利用して護ることに異議を申し立てるつもりはないもの。だから、ほら、ね。






藍ちゃんはそういって、私の身体を抱き締めてくれた。彼女の豊満とはいえない薄い身体が私に熱を与える。じわり、と心から溢れだし、唾液が口内に溢れてきた。彼女から与えられる甘美な至福が私の血液を通し身体全体に行き渡る。甘い、甘い、飴玉が薬となり、足りなかったた気持ちを埋めていく。私はこの子に必要とされていて、今ある小さな社会を捨てても生きていけるのだと教えられた。先ほどまで、大量に聞こえていた音が止み、彼女の息遣いだけが鼓膜へ運ばれた。









20110816

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