神の慰みもの







欲求不満なら誘ってみれば良いよ


昂ぶる熱に犯されている最中、紀一に言われた言葉だった。相変わらず淡々と真実だけを告げる脣は飴玉の蜜を咥内から発していて、甘い香りが鼻腔を過る。
三角座りをして膝頭に顔を乗せる僕の太股を紀一は一刺し指でなぞる。半ズボンの隙間から冷たい彫刻のような指がするりと入り込んできて、足の付け根に触れる。主張する昂ぶりに濡れた指を絡ませると、押し潰すように握った。
痛いのと気持ち良いのが混ざって、双眼から涙を流す僕の姿に紀一は柔らかに眸を緩め、可愛いよ、と言ってくれた。
僕は紀一に気を使わせていることが申し訳なくて、首を縦に振ったあと、ごめんなさいと謝罪した。
謝罪を聞いた紀一は昂ぶる熱から手を離し、泣きそうな僕に触れた。ぬるりとした感触が僕の姿だと表していて、身体が小さくなる。白い、白に犯されていく。白は次第に蛇へと姿を変え僕を締め付けた。拘束された首が呼吸困難だと訴える。


き、いち
なに、帝
ごめんなさい、ありがとう
別に良いよ。けど帝はその言葉を安売りしすぎだね。なんでも、それで片付くとは思っていないと紀一さんは知っているけど、ダメだよ
う、うん
帝、可愛い、帝。良い子だね。だから、今はおやすみ。起きたら、謝罪も礼も通じない挑戦をしてみれば良い


蛇に絞められ、泡をはく僕に向かい紀一は告げる。薄れゆく視界の中で、網膜が取れる感覚がした。絶え間なく与えられる時間へと僕は引き摺り込まれていき、紀一によって瞼を閉じさせられる。縫い合わせた瞼を再び開けるとき、紀一は既にそこには居なくなり、蛇は身体に焼き付いていた。どこに居るのか理解出来ず周囲を見渡すと住み慣れたマンションだと気付く。白鯨の写真が立ててあり、二人の写真を飾りたかったのに、勇気や遠慮や保護が働いて飾れなかったことを思い出した。手にとると、冷たいプラスチックが皮膚に伝達する。


トラ


愛しい人の名前を読んでみた。肺が締め付けられる。ああ、そうだ。夕飯の支度をしていない。お風呂も沸かしていない。掃除は何室か出来ていない。何をやっていたのかと自己嫌悪に包まれ、頬っぺたを殴り付ける。咥内が少し切れたみたいだ。自己満足に過ぎない懲罰を終え立ち上がる。優先順位を考えて、料理を作りにかかった。お風呂はトラが帰宅する時間に合わせれば良いし、お風呂に入って貰っている間に掃除をしてしまえば良い。あ、けど夜中に煩くするのは迷惑だから、掃除機は明日に回して、帚で対象しよう。埃がたつけど、トラはお風呂入ったらまた出かけると思うから。
遣るべき事が決まり、僕は手を動かした。日本食がメインの日なので魚を捌く。内臓を取り出して捨て、鱗をはぎ取り、包丁で肉を切る。慣れた作業。幼い頃は指を切ってばかりだった。どうして料理が好きなのか、思い出す。料理は判りやすく喜んで貰えるからだ。勿論、純粋に好きというのもある。笑顔を僕なんかにくれて、僕の小さな存在価値が与えられた気分になれた。馬鹿みたいだ。
あれあれ、あれ
俎板の上に涙が落ちる。おかしなぁ。随分、感傷的な気分みたい。
あ、時間、時間。お風呂沸かさなきゃ。トラが帰ってきてくれるのに。不要な雫は拭いさり、風呂場へ迎うと、帰宅を促す、扉をあける音が鼓膜に届き、どくんと心臓が止まる。お風呂沸いていないや。どうしよう。慌てて足を動かすと自分の爪先を踏んで転ぶ。廊下には凄まじい音が、どかん、と響いた。全身を鞭打ってしまい、痛い。腫れ上がってしまっているのか、起き上がることが出来なくて、止まっていた涙も流れてきた。転ぶのなんて何時ものことなのに、可笑しいな。膿んでいる心臓から涙が止まらない。
啜り声をあげ、子供のように泣いてしまった。なんとか、身体を丸め込み、殼に籠もった幼虫のような体勢になる。膝頭が胸に入り、指は脚を掴んでいる。涙は床に垂れ流し、水溜まりができた。






声が触れる。
理解不能な悲しみに包まれていた僕は胸ぐらを捕まれ一気に現実世界へと引き戻された。顔をあげたが、霞んで見えない。涙腺が壊れちゃったみたいだ。


ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい



使っちゃダメだよ簡単に、と忠告された言葉を吐き出してしまい焦る。最悪な自分。けど口は止まらなくて、喉を塞ごうと首に手をかけると、トラに引き止められ、抱き寄せられた。


大丈夫か、何かあったのか。何かされたのか。言ってみろ、何かされたなら、そいつブチ殺してやるから。言えよ。あと、もう俺が帰ってきたから安心しろよ。泣くな。俺が守ってやるから。




トラの匂いが僕を埋める。泣くなと言われたので、涙は止まった。
ゆっくりと違うんだと呟く。僕が悪い。いや、僕以外悪くない。感傷的な気分に陥って、勝手に転んだだけなんだから。
説明しようと、再び口を開いたけど、上手に言えず金魚のように口をパクパクさせるだけになってしまった。それどころか、操り人形みたいに動く身体はエプロンをたくし上げ、喉から代わりの言葉を発する。

抱いてほしい。完結に一言。告げられただけの口を締め殺したいのに、いうことを効かない。
焦りと戸惑いを顔に浮かべたトラが眸に映り、申し訳なさだけが募る。ごめんなさい、許して下さい。ごめんなさい。
さあ、今すぐ謝ってしまうんだ。早く。冗談だよって。

念じるのに、身体は固まったまま。結局、優しい慈愛をもったトラは僕を両腕に納めキスをした。心臓の鼓動が重なって、のびた指は僕を刺激して、喘ぐ。
けれど、犯してもらっている最中に気付いてしまった。僕が欲しかったのは性的欲望を埋めるための行為ではなく、トラにやさしく抱き締めてもらうことだけを、貪欲に求めていたって。



20110705









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