いきている





私が音を発すると掃除機が風をたてて、吸い込み私の発言はなかったことにされてしまう。スイッチを握る私の好きな人のお父さんは、硬度に覆い隠された身体を操り私の言葉を吸い取ってくれる。柔らかな唇から紡ぎだされた私の角膜は噛み砕かれ、無へと帰る。結局、私はにこにこ朧気な愛想笑いを展開させながら、立っていることしか出来ず、私の好きな人のお父さんを不快にさせるといけないので、好きな人に助けを求めるが、そこにあるのは拒絶を纏った淋しい眼差ししかなく私は自ら目を逸らす。助けなどという甘い考えが跋扈されるべきものなのだ。
心髄で、ごめんなさい、ごめんなさいと謝れど、スイッチは停止サインを表示しない。会話を断ち切ろうとも、スピーカーの向こうから聞こえる私の好きな人のお父さんの肉声は止まることなく裁判官のように雨を降らす。脅える身体は停止した脳髄を噛み砕きながら、私の心を止めていく。轟音だけが、鼓膜にこびり付き、酷いときなど、私はずっと謝罪を繰り返し会話を終えることすらある。
ようやく止まった掃除機の隙間を潜るようにして私の好きな人へ声をかけるが、冷たいナイフを孕ませた眸は不器用に私を見つめたあと、一定の距離を挟みながら歩き続ける。
時折、私の好きな人は携帯電話を取出しメールを打つ。途中から電話に代わり、一歩あとを歩く私の存在はなかったことにされていたら、逆に諦められたかも知れない。けれど、私の好きな人は深い慈愛の精神で、一歩後ろを歩く私のことを気にかけて下さる。
お気に入りの鞄を抱き締めながら、私に向けられていない私の好きな人の声を聞くだけで私は幸せに包まれた。



20110228









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