相食むぼくら





無情にももぎ取られた歯を舐める。歯は搾取する気はなかったのに。誤算だと溜息を吐き出しながら、綺麗に切断することに成功した舌を眺めうっとり悦を得る。人体から美しく切断するために沢山の舌を見てきたけれど、ジルの舌がやっぱり一番美しい。僕に愛の甘言を囁く舌、いらないことも云うジルの舌。正しくは、いらないこと、ではなく、僕以外の人間と喋るから不要となってしまったのだけど。
はじめ、胸に蓄積される不確かな気持ちに僕は戸惑いを隠せなかった。
お風呂からあがってきて、ジルが携帯電話を使って会話している姿を見ると苛立ちが募った。付き合っていて、恋人同士。悔しいけど僕はジルのことを愛している。なるほど、嫉妬か、と自分の中で折り合いがつく。しかし、納得がいった後も、宙に浮く靄は残り、鬱憤を晴らしたくて、ジルの携帯電話を無意識の内に沈めていた。ぷくぷく、泡を吐き出し溺れていく携帯電話を眺めていると、胸の中につまった苛立ちは萎んでいった。帰宅したジルが携帯がなくなっちゃったぁ、と云うのでお風呂に沈んでいたよ、と教えてあげた途端、信じられない生き物を見るような眼差しを一瞬、向けられた後、柔和な笑みに変わり、充葉ぁと擦り寄ってきた。べたべた、くっ付くジルの体温が不快なのに、離れていって欲しくなくて、掌を絡ませ、爪先を削るように、触れる。携帯電話を沈めた時と同じように無意識のうちにジルへ抱きついていた。

始めのうちはそれで落ち着いていたのに、知らない間にまた携帯電話を沈める回数が増えていき、携帯電話を水没させるだけじゃ物足りなくなった僕は、ジルが帰宅する時間を指定させたり、最終的に会社へ行くことを禁じた。僕、一人の給料でも生活するに困ることはなく、辞めさせるのが一番、効率が良いと結論を出すことが出来たのだ。
会社に行かなくなったジルは僕の帰宅を大人しく待ち、犬のようで可愛かった。頭を撫で、身体を舐めさす。繰り返すと世界で二人ぼっちだと錯覚することができて、時間が止まり朝が来ないことを幾度も願ったのだ。
幸福を食い付くように貪り、循環していたのに邪魔が入った。
ジルの家族だ。
会社を辞めたことに不信感と心配を抱き、訪れた。僕とジルの世界に。僕はそれが疎ましかった。二人ぼっちの世界へ土足で踏み込む侵入者を許せなかった。ジルに友人と呼ぶに値する人間がいないことに、これほど感謝したことはない。もし、親類以外にジルに関わる人間がいたとすれば、僕はその人間を殺してしまっていただろう。安易に予想出来る。灯油を頭から被せ、マッチを擦り合わせ、火を投げ捨てる自分自身の姿が。
あんなに大事にしていたジルの兄弟や、畏怖を抱いていたジルの父親でさえ、殺して排除してしまいたくなるのだから。まぁ、あの母親は侵入してきたら、あっさり殺してしまうかも知れないけど。

だから、考えたんだ。ジルを独り占めする方法を。苛立ちを押さえる手段を。

行き着いたのが舌だった。だから、じょきん、切断した。携帯電話から始まったのだ。声、コミュニケーション手段として、必要に駆られる声を亡くしてやれば、納まるのではないか、と推測して、実行した。
大丈夫、喋れなくても、ジルが考えていることくらい、簡単に判る。




ジル


麻酔の効果が無くなり目を覚ましたジルに声をかける。僕の名前を呼ぼうとしたジルは上手に発音出来ず、言葉にならない、音、を洩らした。
濁っているから声帯から潰してやれば良かったかなぁ、と反省点を見付けつつ、ジルに説明する。
もう喋れなくこと。けど、僕はジルの考えが判ること。
証拠だと云うように、切り取った舌をジルの眼前で平らげてやった。美味しいかもしれない。コリコリしていて。今まで食べた肉の中でも、癖になる味の部類に入る。


ねぇ、ジルだから、お前はもう喋れないんだけど良いよね。その代わり、お前が云いたいことは僕が全部、伝えてあげるから


良いでしょう、と確認をとるように首を傾げると、ジルは悦に浸った表情で、僕に微笑んだ。今まで僕が見てきた中で、一番、幸せそうな顔だった。
ああ、やっぱり間違っていなかった。









20110518

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