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 潮騒が心地よい風を肌に届ける。
 ルーティンが最近気に入っているというから入った店は、確かにカフェテラスから見る南国の海の景色は素晴らしいかも知れないが、提供されたウィスキーは安酒の味がした。味覚が可笑しいのかと一口飲んだ瞬間思ったが、おそらく目の前の男はそういうものを楽しみにカフェに入りはしないのだろうと思いなおした。
「佩芳、一度自分の心を整理してみませんか」
 そう俺に持ち掛けたのは、すでに別れた男だった。
 長年に渡る結婚生活の末、俺を理解した気になっているルーティンは優しい声色でそう述べた。今でこそ慣れたものだが、アメリカに渡ったばかりのころは、この諭すような口調で語りかけられるのが物珍しく、そこからコイツに興味を持ったということを思い出した。ああ、顔の作りがどことなく煌の奴に似ていたというのもあるが。
 思えば、想像していたよりも長い付き合いになった。俺とコイツとの間でできた子供が確か二十に近い年齢になろうとしていたので、ルーティンとはそれくらい長い付き合いだ。アメリカから連れ帰ったときは、せいぜい長くて10年単位の付き合いになると思っていた。違う環境に拉致のような形で連れてこられたのだ。気が狂うかもしれないというのはどこか頭の中にあったが、ルーティンは狂いもせずいつだって正しい姿のまま俺の横で二十年以上過ごした。
 俺みたいな、人間の一般常識に合わない男と寄り添って自分を持ったままでいられる常識人というのは貴重だし、今も優しい声色で告げなければならないという言葉を丁寧に解きほぐして述べてくる。
 そういうところが気に入っていた。強い人間というのは好ましい。俺に好意を持っているなら尚更。恋愛だったと問われれば、そうなのだろうと納得できるほどに。
 別れた後もこうして会うのはルーティンの言葉が一番、俺のなかで分かりやすくなおかつ完結で聞き心地も良いような解釈で俺を諭してくれるからだ。
 ルーティンと一緒にいると、まるで自分まで良い人になれたかのような錯覚を抱くことがある。当然、そんな風になりたいと望んだことなど無いし、今更自分の生き方を変えるつもりはないのだが、お綺麗な心で見た俺の姿というのはまるで夢を見ているように心地よいし、それこそが正解なのではないかと思わせる説得力がある。
 今だって殺しもせず、幸福を願う程度には、俺はルーティンという男のことを気に入っている。
 アルコットに出会っていなければ、アルコットが自分の気持ちを自覚さえしなければ、俺は一生、ルーティンと添い遂げる気でいたのだろう。
「佩芳、あなたがアルコットに執着する理由は何ですか。相談には乗りますがその気持ちを自分で解きほぐしてみませんか」
「気持ちをねぇ」
「ほら、はぐらかさないの」
「はいはい。口うるさいこって。まぁ確かに相談してるのは俺だからなぁ」
「そうです。私はあなた達のバックボーンをまるで知りませんから」
「じゃあ、出会いだけ、語って聞かせるか。結構、酷い話だけど良いのか」
「今更な気遣いですね」
 まるで優しいですね、と言わんばかりの口調にそうやって勘違いしてくれる所が良いんだよなぁという気持ちになった。
 まぁ確かにアルコットのことを相談したのは俺だ。どうすればアルコットを素直にさせることが出来るのか、なんてそういう相談だった。半分くらい話したい気持ちだから、相談を持ち掛けたというのもあるが。
 誰かに語って聞かせるのは初めてだ。煌もギーゼルベルトもおそらく、アルコットだって知らない俺の過去。初めて話すのがルーティンというのは、なんだか酷く納得できるような気もした。







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