〇六
 
 
 誕生日パーティーは盛大に行われた。ピザも北京ダックも寿司だって食卓に並び、アルコットは金も無駄遣いだと言いながら、新鮮な死体の横でそれらを美味しそうに食べてみせた。食べている最中で気が抜けたのか、それとも俺の為に用意したワインを誤って飲んでしまったのか、途中で俺に寄りかかるように眠りについた。
 大きくなった体を抱きかかえて、俺の私室まで運んだ。衣服を脱がして洗濯機に放り投げて、ホットタオルで起こさないように体を綺麗に拭いてやった。アルコットの部屋に運んでも良かったのだが、そうすると起きたときにベッドシーツが汚れていることに煩く言うアルコットの姿が見えたので仕方なく俺の部屋に運んだ。
 全裸を見たのは久方ぶりだが、相変わらず彫刻のように美しい体という印象を受けた。自分の肌の色と並べてみると、流石は自身を優秀な種だと叫びまわる人間がいると感心するほど美しい肌の色をしていた。俺は自分のルーツを良く知らないが中国かベトナムかそこらへんの血が混じった体をしている。ま、色は汚い。アルコットは売られてくる前、フランスかイギリスか、西洋のお貴族様の血を引いてるって情報を見たことがあるので、おそらくこの綺麗な肌に汚い血が混じらないよう配合されて生まれてきたはずだ。
 透き通るような白い肌。家の中から滅多に出さずに育てただけあって、まるで宝石のような美しさを隠し持つ肌へと仕上がっていた。指の腹がアルコットに肌に触れる。吸い付くような肌さわりに、これから山のように男を魅了していくだろうと、高い金で男を取るアルコットの姿が目に浮かんだ。
「ん、べいふぁん」
「悪い。起こしたか」
「うんうん、おれ、寝てた?」
「まぁ寝てたけど、寝とけ。明日から忙しくなるぞ」
「……いそがしく、なるの。そう、か。やっと、佩芳の役に立てる」
「俺の、役に?」
 思わず心臓が揺れるのを感じた。動揺か。まったく俺らしくないが、目の前の子どもに対していい加減自分が予測不可能な反応をすることに慣れてきた。
 まだ上手く言語化できないが、目の前の子供は俺にとって他の人間とは間違いなく違う価値を持った人間になるのだ。それだけははっきりとわかる。
「ああ。ずっと佩芳の役にたちたかった。おれ、佩芳の」
 ふにゃっと緩んだ顔。恥ずかしいのか寝ぼけているのか、まるで幼いころに戻ったかのようだ。絵画でみる天使や妖精みたいに朗らかで魅力的な笑み。
「役にたてての?」
「……ああ、立ててるぜ」
「ほんと?」
「ああ。けどお前が大変なのは明日からだなぁ」
「明日から?」
「本格的なお仕事が多分明日からはじまる」
 そうなると、この家ともおさらばだ。
 なぜか、その台詞を飲み込んでしまった。
 何も知らないアルコットは無邪気に喜んだ。自分がどんな仕事をさせえられると予想したのだろうか。どちらにせよ、まぁ、さほど心配する必要はない。自分の母親の生首だって投げ飛ばした男だ。生きるためなら、どんな自分だって演じて見せるだろう。そういう、賢さがある。外見だけが、美しい男ではないのだ。その外見に見合うような中身がアルコットにはしっかり詰め込まれている。施された教育ではない、生きるために生まれた知恵ともいうのか。つい先ほどまで行われていた誕生日パーティーを平然とこなして見せた男だ。その容姿から与えられる印象よりも余程、強く、図太く、育て上げられた自分という核がある。娼婦には不要なものかも知れないが、それでもアルコット自身が這い上がるためには必要なものが。
「今日は早く寝ろ」
「ベッド、よごす」
「綺麗にしといてやるから」
「……変なところ触るなよ」
「はいはい、触りませんって」
「そう、なんだ」
「なんだ触ってほしいのか?」
「ふふ、冗談じゃない、佩芳にセクハラされるのか? ふふ」
「ほんとうに触るぞ」
「触らない、お前は俺には触らないよ、今更」
 今更という言葉は妙に厭味ったらしく聞こえて耳障りだった。確かに先ほど殺された警備担当の下っ端のようにアルコットにむけて俺が下品な目を向けるような男であるならば、こいつのことを随分前に犯していただろう。仕事だから手を出せないとか、そんなもの言い訳に聞こえるくらい魅力的な男にアルコットは成長を遂げた。
「もう寝ろ」
「うん、べいふぁん。おやすみ」
「おやすみ」
 親愛を込めたようなキスがお望みだという顔をしていたので、ほっぺたに軽く口づけてやる。幸福そうに笑ったあと寝息を立て始めたアルコットを見て、まぁ、ほとんど別れのキスだけどな、と心の中で吐き捨てた。
 




 
 
 アルコットが寝静まったあと、俺はマンションを出て、呉の家へと今日の報告へと向かった。薄気味悪い呉の家に一日で二回も訪れることになるなんて、と自分の不幸を呪いながら、党首の扉をノックする。
 この扉をノックするのは、イコールしてあの子供の元に自分が一生戻らないというのを意味する。今日であの日々は終わり。さよなら、アルコット楽しかったぜ。俺はきっと、お前といたときが一番……――ああ、やめておこう。感傷に浸るなんて俺らしくない。
煙が充満した部屋では、使い捨てのように転がった美しい人間の束。セックス狂いの開心会の党首様はどれだけ遅くに足を運んでも何人もの人間との肉欲の最中で、大きなベッドの上で胸のでかい女を後ろから抱いていた。
ハッピーバースデーが終わりましたと報告を入れると興奮したのか、女の膣に入れているチンコを膨らませてまるでオナホを扱うように激しく腰を打ち付けた。女の悲鳴のような汚い嬌声が漏れるとそれを耳障りと思ったのか髪の毛を引っ張り口を閉じるよう指示をだした。
「そう、そうか! それで、どうだった佩芳」
 興奮しているのか、今朝話したときより口調が荒い。報告しずらいならセックスを一度止めればいいのにと、こちらの方が苛立ってくる。
「どうって。まぁ怒ってはいましたよ」
「怒って! ああ、そうか。そうか! やっぱり彼はオレが思った通りの子どもだよ」
「雲嵐様の」
「ああ、怒ると思ったんだ。自分の母親の首を見て、脅え絶望するのではなく、怒ると。オレはね、そういう子供にしてほしかったんだ。ありがとう佩芳」
「ちなみにですが、なぜ、そういう娼婦が欲しかったんでしょうか」
「はは、らしくないな佩芳。誰かに興味があるみたいな質問を、お前が無意識でするなんて。あぁ、あ――おもしろい――当たり前だろう佩芳。最高に美しい人間はここに転がってるみたいに自分の頭で考えないような人形では絶対になれないんだよ」
 雲嵐はそういうと抱いていた女を突き飛ばした。死体のように部屋中に転がる人形たちを抱き上げて一人一人の経緯を説明していく。
「例えばこのさっきまで抱いていた女は、母も父も娼館の出でね生まれたときから客をとってる。ずっと絶望してきたからここでも耐えていけると思ったんだけど二日くらいで会話できなくなってしまった」
「例えばそこにいる碧髪の男は神様に奉げられる生贄として育ったところをオレが譲り受けた。コイツは一か月ほどは気丈に振舞っていたけど、自分の村で親しかった幼馴染の手を見せたら狂ってしまった」
「例えばそこにいる性別がない子供は興味深くてオレが買い上げたものだ。生まれも育ちも呉の世界しかしらないその子供ならばって思ったけど、今はただただ死んでほしいとつぶやくだけ」
「佩芳、オレが次に欲しかったのは本当に美しい人間。そう、それこそ自慢して持ち運べるようなアクセサリーにもなる賢い人間さ。アルコットはそんなアクセサリーに育てて欲しかった。同じような美しさを持つ母親はダメになっちゃったからね。良かったよ成功しそうで」
 雲嵐は顔を俺に近づけて優雅にほほ笑んで見せた。
 ああ、嫌な顔だ。殴り殺してやりたいと願うほどには。とても、嫌味な顔。それでいて、おそろしい。
 そういえば恐怖ってのはこんな色をしていたということを、久しぶりに思い出した。初めて恐怖を抱いたのは、俺の記憶が始まる前の出来事。開心会にきてからというもの、恐怖で背中が震え上がったことなどはなかったというのに。
 ただの色狂いというわけではない。この狂人には開心会という中国を代表するマフィアのすべての権力を握っているという真正面から向かっても適わない力というのが存在するのだ。そんな男のものに、アルコットはなる。
 朝日があがったら、もう、俺の持ち物ではあの男は子供はなくなるのだ。
「佩芳、どんな気分だい」
「どんなって、まぁ驚いてはいます」
「ふふ、自分の感情に不器用なんだねぇ。佩芳。オレは生きてきてお前のような人間と何人か出会ったことがある。この世界で生きてきたらね、君のような子供にも稀に出会うのさ。人を人とは思えない子供。そのくせ、生きるために貪欲で、圧倒的な力を秘めた怪物。初めて君が王に買い上げられて、対面した時一目でわかったよ。獣だって。久しぶりだった。冷静沈着で賢いくせに、殺し方に自分の癖を残すような殺し屋なんてのは碌な部下に育たない。殺してしまおうかって何度か悩んだ。君が上手く立ち回っているようだから、李家の馬鹿も、王の単細胞も警戒してなかったみたいだけど。オレはずっと君を警戒していた。今だってしている。だから、アルコットを育てさせることにした。ああ、思っていたよりも鈍感だったみたいだけどね」
 なんのことですか。そう笑ってごまかした。
 ま、誤魔化すことしか無理だろ。
 目の前の男も分かって言っている。
 ここで俺が抗ったところで話が覆らない地点にきている。ここで俺が自分の心ってものを気づいても事態は好転しない。
 そう、ただ増えるだけだ。
 俺を服従させる鎖が。
 そうだ、そう言いたいのだ。
 目の前の男は。
 初めから計画されていたと。
 俺がアルコットのことを大切に思うように。
 仕組まれていたと。
 俺のことをハメたのだ。
 こいつらは、こいつは、この男は。
 ああ、言いようのない感情だ。
 アルコット、お前が母親の首を見たときもこんな感じだったか。生まれて生き返るみたいなさぁ。生きることに何かに脅えるってのはこんな感情か。なぁ、アルコット。
「佩芳、アルコットは大切にするよ」
 殺してやる。
 強くそう思った。いつか殺す。今はダメだ。無駄死にする。それを考えるだけの頭がある。そうだ、これは、俺の失敗。俺のミス。俺が間違った。ここで終わりだと思うな。負け犬の遠吠えのごとく、叫ぶことはしない言い訳もしない。能天気に安請け合いした俺の敗北だ。今まで一度たりとも失敗したことがなかったから、油断していた。その結果が招いた。自分の気持ちに関心がなかったこと。そこを見透かされて足元を救われた。
 開心会の色狂いは三家の中から党首に選ばれただけはある。その能力を低く見積もりすぎていた。この男は非常に自分の脅威になりそうな人間を殺すのが得意なのだ。実際に殺害するのではなく飼いならすと言った意味合いで。何もしていないように見えて、指示は的確に飛ばす。開心会を腐らせている温床ではあるが、寄生先が腐りすぎないようにコントロールしているのもまた、李 雲嵐という男なのだ。
 俺もそんな男に掌握されていた。掌握された。俺という手ごまで遊ぶために。俺という人間の能力を評価したうえで、自分の支配下に置こうとした。そして、俺はそれに気づかず、負けた。
 敗北した。
 俺のミスだ。
 俺は、俺は――
 俺はあの子供のことを。
アルコットのことを。
「お前の愛している人なんだから」
 肩を優しく叩かれ囁かれた。
 優雅に笑うその姿をみて、俺は、ただ目の前の男を殺すことが今後の生き甲斐になりそうだと、狂った顔で笑い返してやった。




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