王の家にアルコットを送り付け、俺はその足で呉へと向かった。教育を受けるための小さな部屋に到着した時、着席しない俺をアルコットは不思議そうな顔で見つめていたな。お偉いさんに呼ばれているので大人しく授業を受けるように言い聞かせて王を出てきたが、部屋を出ていく俺を不服そうな眼差しで見つめるあの子供の瞳がなぜか忘れられなかった。
呉の党首が指定してきたのは正午。王から呉へは同じ開心会とは言え、支配地域の関係で近くはない。公共交通機関で最寄り駅まで行くか王からバイクを拝借して行っても良かったのだが、時間があるので走ることにした。
日差しは強くなるが道路を走る気分じゃなかったので、王の家の壁を伝い民家の屋根の上を走った。王の建物以外は老朽化が進むコンクリートで建てられた建築物が多く、下手すると穴が開いているのが面白いポイントだ。
途中で障害物が出てきたらもっと最高なんだが、ただの人間なら肉の塊と大して変わりないが治安が悪い地域なので、銃を持ったどこかのチンピラとかと遭遇しねぇかなぁと期待を込めて鼻歌を口ずさんだ。


期待はしたが遭遇したのは洗濯物を取り込んでいた老婆と日光浴を楽しんでいるチンピラだけだった。丸腰の肉の塊を相手にしてもしょうがないので、脅える顔に免じて遊ぶのはやめておいた。血がみたい気分だったのだが、派手に暴れたら着替える必要があり、そちらの面倒臭さの方が勝ったのだ。
「あ――着いたか」
呉の家の前で地上に降りる。人を寄せ付けない静観な巨大な道路。縄張り意識が強く王よりも閉鎖的な呉の領域には民間人の家など建っていないし、屋敷の中に入っても人と遭遇することは少ない。もっとも、趣味で買われている奇形なペットはそこらへんに繋がれてはいるが。体がくっついた双子や、目玉が三つある美しい女、そういうものを飾るのが呉家の人間は好きだからなぁ。
コンコン
巨大な扉をノックする。朱色で塗られた大きな門は我こそが開心会の中心なのだという自己主張のようだ。西洋建築の王。現代建築の李とすれば、中国建築の呉といったところか。何も知らない一般人が紛れ込んできたら歴史的価値のある遺産と思うだろう。
「どなたでしょうか」
小窓が開かれ小さな声が聞こえた。面を被った門番を見て雰囲気つくりは完璧だなぁと笑いたくなる。呉の党首からの招待状をポケットから取り出し提示すると、重たい岩が動く音がして扉が開いた。
門をくぐると広大な石畳の敷地が広がる。木でも植えればまだ風情があるだろうに、屋敷までの道のりにはなにも飾られていなかった。
石畳を抜け階段を上ると屋敷の中へと繋がる扉が自動的に開く。呉に買われている愛玩動物たちが出迎え、ここでの展示を終えたらコイツらはどこへ飛ばされるんだろうと、リサイクルできた方がいいよなぁと本物の家具に生まれ変わる彼らを妄想した。
進んでいくとひときわ大きな扉が出てきた。やはり朱色で塗られており、扉の淵には本物の金が練りこまれている。ここが党首の部屋ですと、とアピールしており薄暗い間接照明の中でも目立っている。
「王の佩芳です。招集に応じました」
大きな声で自己紹介すると扉が開き、煙が充満した部屋に招待された。葉っぱでも吸ってんのか、好きだねぇと呆れた笑みを隠して首を下げた。一応、開心会のご党首様だ、許可があるまで頭をあげることはできない。
「よく来たね、佩芳。頭を上げな」
許しを得たので首を上げる。広大な部屋には天幕が張られたベッドが置いてあり、先ほどまでセックスに狂っていたのか、床には幾人もの美しい人間が裸のまま気絶していた。もしかしたら何人かは死んでいるのかもしれない。首を絞められたあとや、どう考えても、血を流し過ぎている女も転がっているし、腕を焼かれた男の姿も見えた。
ゆらり、と天幕の中で人影が揺れた。裸の男が顔を出す。日の光を浴びない病的なほど白い肌。目元まである前髪に結われた短い三つ編みはいかにも、フィクションでみる中国人といった髪形をしている。噂によると40を過ぎる年齢らしいが、整形を重ねたその顔は、いつまでも若い時の自分を維持している。
開心会 呉の党首。アルコットを高額な金で買い上げた男。呉 雲嵐だ。会うのはこれで三回目になるがいつ来ても、部屋に引きこもってセックスをしている。服を着ている姿の方が稀なのだろう。
「オレの新しい愛人の成長を話しておくれよ」
「はい。アルコットですが――」
ベッドに腰掛けた雲嵐を前にアルコットの成長の記録を喋る。勉学がどこまで進んだか、身長がどれほど伸びたか、髪を何センチ切ったか。事細かに。雲嵐はアルコットのことを知りたがった。彼は極度の外見至上主義者で、アルコットの類稀なる容姿をたいそう、気に入っていた。この報告はアルコットの容姿のレベルが彼が認めた基準値から下がっていないかを探るテストのようなものだ。
中立が売りつけてきた商品でなければ一生、手元に置きたかったと何度も彼が語っているのを聞いた。開心会に奉仕させるという意味合いも込めてこれまで高度な教育を受けてきたアルコットは呉の家で飼われながら、開心会に利益をもたらす変態どもの相手をすることが決めっている。要するに、簡単に壊してはいけない愛人枠なのだ。そうでなければ、ここに転がっている愛人様方のように、雲嵐の手によって簡単に壊すつもりだったのだろう。
「いやぁ、やっぱりアルコットは綺麗だね」
支給された携帯で撮った写真を眺めながら雲嵐は満足そうに声を上げた。画面を指先でつつきながら「はやく、実物がみたいよ」とぼやいている。
「はっぱり、若いといいねぇ」
「はぁ」
「まだ処女で、男も女も知らない。そういうのはオレが教えるから、教えないでってお願いしてあるんだ」
「ああ、どうりで」
アルコットの授業には性技が含まれていない。そういう変態相手からの要望があると思っていたが、やはりそうだったか、という印象を受けた。恍惚そうに笑みを浮かべながら雲嵐はまるで子供のように踊って見せた。軽い足取りでステップを踏む。あ――この部屋の煙、ヤクなんだよな。あまり体に馴染むタイプじゃないが、長時間いるのは避けた方が無難だろう。
「もうすぐ、中古は処分できるなぁ。ああ、どれだっけ、どれだっけ」
そう言いながら床に寝転がっている愛人の体を足で蹴り続け、アルコットによく似た金髪の女を見つけると「これだ!」と声をあげ、抱きかかえ、項垂れる顔を俺に良く見せるように顎の下を持ち上げた。
「似てるだろこの子。誰だと思う?」
確かに良く似ている。髪色が同じというだけではなく、顔に配置されたパーツの位置と、なにより意識を失っていても分かる気位の高さが良く似ていた。年増と雲嵐は述べているが、身体から見る年齢よりも顔にはその年齢が現れていない。いつまでたっても美人といわれるようなそんな女だ。
アルコットに恋焦がれて似たような女を探してきたのかと一瞬、思案したが、わざわざ俺に見せびらかすということは、おそらくこの女はアルコットの血縁者。年齢からいうと実の母親という所だろう。
「さぁ俺にはわかりません」
「ふふ、馬鹿の振りして惚けるのはおやめ。アルコットの母親だよ佩芳。君なら答えがすぐに分かったはずなのに」
「すみません、本当にわかりませんでした」
「ふーーん。まぁ良いや。彼女もさぁ、買ったころはもっと美しかったんだ。きっと貴族の生まれなんだろう。手入れされた肌、自分がこんな目に合うはずがないって顔。最高だったし、今でもお気に入りではあるんだけど、新しいのが来るからもういらないなぁ」
雲嵐はまるでお気に入りの玩具とお別れをする儀式のように、女にキスを落とした。気絶している女は気づかない。俺は一度でいいからアルコットと同じ双眸が開いたところを見てみたかったという感想を抱いた。
「佩芳、殺してくれ」
雲嵐が手を叩くと扉が開き、面を被った使用人が俺に剣を渡してきた。ファンタジー映画に出てくるような機能性ゼロの糞みたいな剣だった。まぁ殺すだけなら適当に切ればいいか。
「あ、首を切断してね」
「はぁ、首ですか。返り血で雲嵐様が汚れますけど」
「それでいいんだ。この子はお気に入りだったからね」
許可がもらえたので、首を切った。少しでもずれるとご党首様ごと切ってしまいそうになる。
人間の首っていうのはそう簡単に外れるものじゃない、結構な負荷をかけてやらないと切断できないのだが、クソ剣だが一応切り離すことはできたようだ。
首から血がまるで噴水みたいに湧き出て、血だまりになった雲顔はにやにや笑いながら、飛び跳ねた首を取りに行った。大事そうに抱きかかえて、生首に口元にもっていったかと思うと「あ、血がついてて汚いな」とお気に入りだった愛人の首を再び放り投げた。
「あぁ、そうだ。佩芳」
「はい」
「アルコットはもうすぐ誕生日だろう」
そうだったっけ。いや、なんかあいつの誕生日は半年くらい前に祝った記憶がある。でかいホールケーキ買ってきて好きなだけ食べていいと言うと、喜んで食べてたのに途中から「吐く」と言われ吐かれた記憶が残ってる。
「あ――……はい」
まぁご党首が誕生日といえば、誕生日なんだろう。適当にうなずく。雲嵐は笑顔を浮かべて「綺麗にラッピングして持って帰ってよ」と生首を指さした。
誕生日プレゼントかぁ。喜ばないと思うが、指示されたので俺は生首を拾い上げた。綺麗に洗ってやるべきか。母親と分かった状態で届けた方が良いんだろう。
生首を抱きかかえ頭を下げ部屋を出た。
さて、帰るか――なんだが、洗わずに帰ると汚れは落ちにくいからな。とりあえず呉の人間に言って綺麗に洗って死化粧でも軽く施したあとでラッピングするか。
面を被った使用人を呼び止め、首を渡して綺麗にするよう命じた。俺には血を浴びないように切ったが白いシャツには持ち上げたときについた血がべったり付着している。あ――着替えるのめんどくせぇ。
着替えると、どこで汚したんだ、なにしてたんだって問い詰められるからな。
はぁ、ああ、なぁ、アルコット、これを見たアルコットはどんな顔をするんだろうか。教えてくれよアルコット。
悲しむのか落ち込むのか発狂するのか怒り狂うのか。
わからないが、この誕生日プレゼントはあのオママゴトが終わる合図だってことくらい俺には分かった。アルコットが買い取られるまでまだ期間はあるが、開心会トップの呉の党首の命令ならば、その時期を早めることくらい簡単だろう。今までは待つ楽しさを雲嵐は興じていたが中古品がいらなくなったということは新品を早めに用意するということだ。
なるほど、今日までってことね。
あの綺麗なアルコット少年を見ることが出来るのは。
「ハッピーバースデートゥーユー、いや、葬式の歌のがいいのか」
なにせ一人の人間が生まれて一人の人間が死ぬ瞬間がもうすぐ近づいているのだ。少しだけ心が弾む。興味があるからだ。アルコットがどんな風に狂うのか。それとも狂わないのかが。
けれど、同時にノイズが走る。叫んでいるのは俺にもそんなものがあったのだと、アルコットが思い出させてくれたもの。



なぁ、アルコット。
今ならわかる。
あれは情と呼べるものだった。同情なのか愛情なのか、そんなことは、わからねぇが。
あの時、気づいていたらなにか変えられただろうか。
お前のことを綺麗なアルコット少年のままで、俺はいさせてやることが出来たんじゃないか。
なんてな。




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