03



「佩芳、またサイズが小さくなってる」
外出用のスーツに着替えたアルコットが少し袖が足りない上着を見せながらそう言った。俺は欠伸をしながら焼きたてのトーストを立ったまま台所で齧っている最中だったので、このまま近づくとアルコット用に提出されている衣服をパン屑で汚してしまうことになるが、どうするのが正解なのか? と少しばかり思案した。
惚けた顔で見ているとアルコットが怒ることが目に見えた。そちらの方が面倒だったので、パンを齧ったままアルコットに近づく。
随分と身長が伸びた。成長期というやつなのだろう。人間の不思議さを実感するスピードで得にこの一年アルコットはぐんぐん身長を伸ばし続けた。出会ったころの子供だった面影を残しつつも少年から青少年に変りつつある。出会ったころは俺の腰くらいの高さしかなかったのに、今は肩のあたりに顔がある。体つきも子供特有の丸っこさがなくなり、手足の長さが目立つような角ばったものへと変わりつつある。
顔だけはあまり変わらないな。出会ったころと変わらず美しいままだ。子供特有の美しさが大人に変わるにつれ失われていく様子を見たことがあるのでまぁ、コイツが商品価値を損なわずに成長して俺は安心している。出荷まであと少しってところだな。
「また伸びたのか」
「成長期だよまったく。仕立てて貰った後から着れなくなるなんて」
「俺はこのままでも良いと思うけどなぁ。対して変わらないだろ」
「変わるよ! みっともないだろ?」
みっともない、ね。
服なんか着れたら一緒だと思うけど、確かにステージ衣装としては見栄えが悪いのかも知れないが、正直、服なんかに左右されないほど、アルコットという男の持つ美しさは完璧だと評価するレベルにあるんだが。
「ああ、けど、確かに服がお前に負けてるな。こんな服だと裸で歩いてるようなもんだ」
じぃっと上から下まで眺めて、服に左右されない美しさの持ち主ではあるが、そのせいで、服を着ている意味がないには勿体ないと感じた。正直に告げるとアルコットは何か恥ずかしかったのか顔を染め、照れるように俺と目線を逸らした。
「佩芳、お前っていつもそうなのかい?」
「そうって?」
「こう、前から思ってたんだが、人の容姿を簡単に誉めすぎじゃないか?」
「俺は素直な感想を言っているだけなんだけどなぁ」
「じゃあ、俺の他にも綺麗な人を見たらすぐに誉めるのか」
「まぁ、必要だったらな」
媚を売る必要がある相手に対しては容姿をほめるのが一番手っ取り早い。褒められて当然って顔してる人間相手には、そこから入るのは挨拶みたいなものだからな。実際、アルコットだって王家の下っ端に会えば、今日も美しいですね、なんて挨拶を散々されている。
「信じられない!」
「信じられない? まぁ、別にいいけどよ」
「信じられないっ!!」
怒りながらアルコットはスーツをもって台所を出て行った。サイズがあう服に着替えてくるつもりなのだろう。癇癪持ちだねぇ。昔から負けん気は強い奴だったが成長してもそこはあまり変わらないようだ。表情がコロコロ変わる。子供だからだ、と思っていたのに成長してからも俺の前ではそれを続けている。
一応、外にいるときは、最高レベルの教育を受けた娼婦に相応しい振る舞いが出来るようになった。立場が上の人間には礼儀的に接しているし接待だってして見せるが、逆に自分を害する存在でないと判断した場合、冷徹なほど無表情を貫き取り付く島もない。感情のコントロールは上手い方なのだろう。
幼いころから近くに居過ぎたのか俺の前ではそれらを良く壊しているようだが。
まぁ、どっちでも良い。どのみち、この綺麗な人間とはもうしばらくの付き合いなのだ。
アルコットが16歳に上がるその時に、初めて客を取らせることは既に決定している。
幼いころから繰り広げられてきたオークションも歴代最高価格を叩き出し終了を迎えた。最も、その最高額を払ってきたのが開心会の中で一番地位の高い人間、呉家のご党首様ってのが、身内に金を払う結果に終わり、笑ってしまうところではあるが。
今日はちょうど、呉家のご党首様に呼ばれて呉家に行く日だ。どこまで教育が進んでいるかアルコットがどんな人間なのかを知りたいってところか。一応、お買い上げになった暁にはこの、奇妙な共同生活も終わりをつげ、アルコットは高級娼婦として様々な客をとらせるため呉家で過ごすことになるだろう。人身売買や色事はあそこの得意分野でもあるし、下手すりゃ次に会うときは薬漬けで俺のこと分からなくなってるかもなぁ。まぁ、高級娼婦にしよってここまで金をかけて育てたんだからそれはないって思いたいところだがね。

「佩芳! 着替えてきたんだけど、お前はまだ寝巻のままじゃないか」
「あ――悪かった。ぼ――っとしてたわ」
そういえば食べかけのパンを齧ったままだったことを思い出した。とりあえず一飲みで胃に収める。
最近、アルコットのことを考えると時間が止まってしまったかのように体を動かすのを忘れることが多い。今だって、アルコットに声をかけられなければ、何時間硬直していたか分かったもんじゃない。
何故かよく、美しく育った、子どものことを考えてしまう。
綺麗だよ、アルコット。
忖度なしにそう思う。一緒の生活スペースにお前がいるのを不思議に思うくらいは、本当に美しく成長を遂げた。だが、お前の美しさを実感するたびに、お前に高値がついたことを思い出す。
この子どもははじめから不幸になるためにここにいるのだ。
そんなこと、分かっていたはずなのに、何故だろうか。
たまに、そのことを許せなくなる気持ちが押し寄せるのだ。

「佩芳!」
「着替えてくるって。あ――はいはい、髭も剃ってきますよ」
「まったく。皿は俺が洗っておく……洗い物がない……! また、パンを手でもって食べたし、珈琲をペットボトルから直接飲んだだろう! 俺が朝起きて落としておいた珈琲があるのに。食べれたら本当になんでもよいんだな」
「アルコットの淹れてくれる珈琲は上手いぜ。帰ったら飲むから」
「そういう問題じゃ。いや、ここで討論しても無駄だな、早く着替えてきてくれ」

アルコットはそう言って俺のことを部屋から追い出した。今頃台所の椅子に腰かけ俺が準備するのを大人しく待っているのだろう。
俺はもうすぐ、お前が淹れてくれた珈琲を飲むことはなくなるだろうし、お前がいなくなれば飯だって三食食べるかわかったもんじゃない。正しい教育を受けたアルコットは人間の営みをしっかり行おうと生きている。体を売ったあとはその習慣はどこまで続くか知らないが。俺は本来、それらを心配する立場にはいない。
寝巻を脱ぎ捨て、顔を洗い、髭を剃る。
短く切りそろえられた髪の毛はお前に会うまでそういえば伸びきっていたことを思い出した。前髪で視界が邪魔になってきたら風呂で適当に切っていた。適当と言っても元々器用な方なので、それなりに悪くない仕上がりだったのだが、風呂場で髪を切るという行為がアルコットには信じられなかったのだろう。「北京の美容室以外で髪を切るなんて!」と元お金持ちのおぼっちゃんのアルコットが喚くので、仕方なくコイツが髪を切るとき同じ美容院で切り始めてからは、いつだって短く切り揃えられている。
この髪もアルコットがいなくなれば長く伸び放題になるのだろうか。生活のすべてに今となればアルコットという子どもが滲み出ている。
酷く気持ち悪い感覚で、あの子が俺の日常から出て行ったときに感じる気持ちを考えてすべてを壊してしまいたくなる時がある。始めから離別するのは決まっていたのに。
預かりものの宝石を育てる管理人に過ぎなかったはずなのに。





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