家族という存在の記憶がない。
俺の記憶が生まれたのは、開心会に拾われてから、初めて人を殺した時から始まる。なんだったっけ、なんで殺したとか理由は覚えていないが、食料の奪い合いとか、そんな理由だった気がする。
小さな部屋に何人か閉じ込められて、はじめは平等に分配されていた食料が日に日に減らされていき、人数を減らさないと生き残れないって察したから、子どもであることを生かして、一人の大人に寄生した。
アイツは人殺しである癖に、理性が残ってる面倒なタイプの人間で、だからこそ幼い俺を保護するように戦ってくれた。ある程度、皆が弱り切って食い扶持が減ったと判断した時、寄生先から殺すかとナイフを抜き取って首を切った。
ギロチンする力はなかったから、中途半端な苦しみを与えてしまって、悪いことしたなぁっていうのは良く覚えてんだよな。
寄生先を殺した後は、弱っている大人たちを手始めに動けなくしたあと、丁寧に解体していくだけで良かった。一晩くらいで作業は終わったし、次の飯の時間になるころには、血の海が出来ていて、ぬるま湯くてよく眠れた。
部屋の中が俺一人になると、外に出され、初めて日の光を見た。
朝日が昇った海面はゆらゆらと光輝いていて、潮騒の香りが鼻孔をよぎり、波の音が鼓膜をかすった。傍では汚らしい罵声が飛び交っているし、売り飛ばされていく首輪をつけた人で溢れかえっていたし、俺は血を体全体に浴びているというのに、そんなものは気にならなくなるほど綺麗だと思った。
生まれて初めてきれいなものを見た、そういう気持ちになった。
きっと、俺はここで、綺麗なものという概念をしった。キラキラしていて光り輝いている、自分自身がひどく小さく見えるもの。それが、俺の綺麗なものへと認識だ。
実際、大人になってこの港に足を運ぶと、海の色は濁ってるは、磯臭い香りがしてサイアクだは、綺麗とは程遠い場所なんだが、幼い俺には良く見えたというのだから、いやぁ底辺の教養しかないって大変ですねぇっていう感想が浮かんじまうな。
しかも、別に綺麗なものを知ったからって、血だまりの部屋から出たからって、俺の世界は変わるわけじゃない。
糞みたいな日常は変わらず続く。
お前に会うまでは。






開心会での幼い俺の役目は鉄砲玉だった。
初めはお稚児さん趣味の変態に殺戮ショーを見せた後でご奉仕するっていう仕事を任されてたんだが、殺戮ショーで客を喜ばすのが下手過ぎて、早々に首になった。本当は首になるとき、殺戮ショーで殺される役割を与えられてたんだが、拘束された状態で、俺のことを殺しにきた演者をみ殺してしまったので、役職を変えてもらうことができた。
ま、狙い通りだ。変態のペニス咥えるのは気持ち悪かったし、尻掘られても気持ちよくなる才能なかったから退屈だったんだよな。殺すのも、震える羊ちゃん達だしさ、どうせだったらもう少し刺激があるところに移りたかったんだ。
開心会は実力があるとわかればどんな人間でも採用する所だけが唯一の利点だからな。そこを利用させてもらった。無事、変態の玩具から脱出して、俺は抗争の時に先人を切る特攻隊長としての役割を与えられた。子供だし意表をついて良い開幕の狼煙があげられると踏んだのか、成果は上々。
抗争だけじゃなく、暗殺に行かされたり、戦争に傭兵として派遣あれたこともあったっけ。自分で言うのもなんだが、幼い俺は賢かった。がむしゃらに殺戮を繰り返すマシーンになるんじゃなくて、ちゃんと大人の行動から学ぶことを忘れなかった。俺には学がない。当然だ、生まれてこの方、殺人と変態の相手しかしてこなかったんだから。けど、学がないだけで馬鹿じゃなかった。
自分が生きたい方へ考えて変えていける力があった。殺してよい奴とそうでない奴との区別がついていた。命令には忠実に。けど、賢すぎると悟られてもいけない。適度に道化を演じて、適度に賢者を演じる。別にいつ死んだって悔いはなかったけど、生に執着しているように見せかける。生に執着している姿を弱みとして大人に受け取って欲しかったからだ。
俺は便利な鉄砲玉だっただろう。期待通りの成果はあげるし、弱みは握れているし、ウザいほど馬鹿でもないし、お上品に過ごしていたら、ある日、俺の直属の上司から「王の党首様が褒美を与えてくださるらしいぞ」と呼び出された。
俺はこの時、めんどって思ったのが本音。
俺は開心会のどこにも所属してない中立の奴隷だったんだが、王に呼び出されたってことは、俺は中立から王に買われるってことなんだろう。
予想は見事にあたり、地位も中立の奴隷から、王 佩芳へと名前を改め、一人の人間として生きることが許可された。
人かぁ。
いや、今更、人としての人生を歩めって言われても別に俺は今までの人生に不服はなかったし、だからこそ賢くコントロールしながら這い上がりすぎないよう気をつけてたんだが。さて、今後どうしたものかと考えていた時に出会ったのが、お前だった。
そう、アルコットと呼ばれる少年だ。

アルコットは中立が買い上げた奴隷で、王と党首自らが俺に面倒を見るように頼んできた。ふつうになぜ俺なんだ? と思ったが、命令には基本従うことにしていたので「わかりました」と返答する。
お前に出会ったのは王家の待合室だった。初めて通された豪華な部屋は悪趣味な調度品で溢れかえっていて、赤いチャイナ服を着せられたお前は、同じような真っ赤なソファーに腰掛けて不安そうにこちらを見てきた。
碧眼の美しい目、なんだ、こいつ一般人かっていうのがはじめの感想。売られてくる前までは裕福だったのか、それとも普通の家庭だったのか。どちらにせよ、自分が置かれた現状を理解していないって目をしていた。
いかにも変態が好きそうな天然のハニーブロンドに顔立ちはどこにも隙がないほど整っている。高級娼婦になるために生まれてきたみたいな顔をしていた。
俺はできるだけ気さくな仮面をかぶって接することにした。高い値段で買い上げた奴隷なら、この家の中じゃ、俺より価値がある商品だ。今は現実が分からず戸惑っているようだが、年齢が近い俺が宥めて仕事に行くように仕向けないと。どうせ、ここらへんが狙いだろ。
「王 佩芳だ。お前の面倒を見ることになったからよろしく頼むぜ」
にこっと笑った。
握手を求めるため手を差し出したが、アルコットは高慢な目で俺を見下すだけで握手には応じなかった。このまま、その目を潰してしまっても良いんだが、我慢して、王の党首に意見を求める。
「アルコットはお得意様から買い上げた大切な子供でね。佩芳、暫くお前の下につけるから面倒をみなさい」
「はい、わかりました」
「よろしい。きちんと褒美はだそう。アルコットは金がかかっている子どもだ。それに見合う投資をするように。お前は賢いからわかっているだろうが」
「了解です」
ようするに、高級娼婦にするためにきちんと教養を授けるようにってことだろ。俺も学がねぇのに。あ――けど、どうせなら一緒に学べばいいのか。人として生きるなら、そろそろお勉強もしとかないと、と思っていた所だったんのでちょうど良かった。それなら、教師を呼んでどんな日程で客を取らせるかとかも決めていかねぇといけないのか。
「ねぇ」
「ん、なんだよ」
「俺を殺さないの?」
「やっと喋ったかと思えばそんなことかよ。安心しろ、殺さないぜ」
大切に守ってやるから安心しろと、俺より少しばかり小さな体を抱き上げた。年齢は俺のほうが三歳ほど上なので、この時はまだ俺のお前との間では身長差がそれなりにあって、抱き上げられたお前は驚いた顔して俺のこと睨んでいたな。抱き上げたまま、くるくる回ると背中を強くたたいてきて、痛みを感じないので無視し続けると、恐ろしいものを見るかのような眼差しで見てきたのが面白かったから覚えてるぜ。


そうだ。初めて出会ったときに、俺はお前のことをそんなに大切でもなんでもなかった。商品としてみていた。
お前くらい綺麗な人間は、この世界じゃ何人か見たことがある。綺麗すぎるってのは汚い金が湧きやすいってことなんだよ。
けど、俺はお前と会い、糞みたいな世界でも綺麗なものがあると知った。
アルコット
俺はずっと後悔している。生まれてこのかた、後悔なんかしたことなかったのに。俺はずっと、この日のことを思い出す。
このとき、何も知らないままのお前を連れて逃げればよかった。俺ならお前を逃がしてやることもできた。綺麗なままのお前でいさせることが出来た。その選択肢が俺の中にはあったのに。
俺はお前を連れて逃げ出さなかった。
お前に高度な教育を与え、お前に、お前に娼婦如きの道を選ばせるように指導した。俺はそれが許せない。許せないんだ。




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -