せんせ――あのね、私は要領もまぁ良い方だし、人付き合いだって当たり障りなく出来る。人見知りした事だって良く考えたら一回もない。そりゃ、初めて会う人とは緊張するけど、口が震えてしまうとか、視線を合わすことが出来ないとか、喋りまくって空気読めない痛い発言するとか、そういうのはまったくないの。初対面の人とでも仲の良いふりをして、ぺちゃくちゃと、ほとんどが嘘塗れの日常を喋れてしまって、しかも、その話で場を盛り上がらすことが出来る。伊藤がいるとほんっと面白いって何回言われたことか判らない。ようするに、私は人から好かれるタイプの人間であるし、好かれなくて困ったなぁって感じたことが今までないの。
人から好かれているってとっても楽だよね。だって、授業遅刻して来ても代弁頼める友人がどの授業でもいるし、ノートだって貸して貰える。一人で寂しいなぁって思っても、連絡とったら誰かは遊んでくれるし馬鹿して騒いでくれる。誕生日のプレゼントだって山のように貰うし、何か私に不利な状況が用意されていても、誰かは庇ってくれるから、なんだろ、例えばさクラスで財布がなくなって一番最後に教室を出たのが私だったとしても「違うよ、伊藤はそんなことしない!」ってそういう風に声を荒げて否定してくれる知り合いが少なくとも私にはいるってことをいいたいの。
顔だってそんなに良い方じゃないよ。化粧で塗り固めてるからマシに見えちゃうかも知れないけどさ! ほんと、私の武器はこの親しみやすさと愛嬌があるってことと、やっぱり要領よくなんでも出来ちゃう基本能力が凡人と比べるとほんの少し、数センチ、人差し指の第一関節くらい飛び出てるってだけなんだけど、それだけで、たいていのことは上手く熟していくことが出来るの。うん、私ってね、そういうにんげんなんだよ。

え、ちょっと、別に自慢してるわけでもせんせ――に喧嘩売ってるわけでもないんだって。ほらほら、その可愛い顔が台無しだよ、瞳孔開いてるって、ちょ、まじで、図鑑を女子に向かって投げようとするのやめてくれません? あ、おかし、お菓子あるよ。ほらほら、お菓子、お菓子だよ――せんせいに相談に乗って貰うからって奮発した駄菓子三千円詰め合わせなんだけど、欲しくない? 欲しいでしょ? だったら、ちゃんと最後まできいてよ。せんせ――
わたしねさっきも言ったけど「相談」しに来たの。
いやぁ、前まで平気だったんだけどさ、最近バイトしてる所で、一人の子に対する陰口が酷くて。そこまでじゃなかったから放っておいたんだけど、ほんと最近はずっと言いっぱなしで。なんか、言うのは構わないんだけど、そういう空気って職場全体に響くっていうか、そういうこと言っている人たちがいるとさ、働いていて楽しくないんだよね。私はもっと、楽しいことばかりをやってたいのに、お前らの愚痴ききにバイトしに来てるんじゃねぇんだよ! みたいなことを思うようになって、さぁ。それで、辞めようか、悩んでるんだよね。いやぁ、ここまで悪化するの初めてっていうか、中学生以来? いや、参ったよね。まさか、仕事する場所でこういう子どもくさ――って呆れちゃうような感情を抱くことになるとは。仕事事態は別に嫌いじゃないけど、そういう人たちが、そういう会話を楽しんでいる所にばかり居たくないなぁって。
で、相談なんだけど、辞めればいいと思う? 辞めなければいいと思う?

「勝手にすればいいだろう。初はお前が辞めようが、辞めまいがしらんぞ」

ええ――そういわないでさ! ほら、お菓子あげたでしょ!

「う――ん、初が言わせてもらうなら。お前本当に性格悪いなぁって思ったぞ。だって、お前が辞めたい理由ってその子が悪口言われるのが可哀想だからじゃなくて、それを聞いている自分の心に負担がかかるから嫌なんだろ」

あったりまえじゃん。自分が一番大切だよ。それに、その子のことは、嫌いじゃないけど特別好きってわけでもないしね。

「ふぅん、認めている所は評価するぞ。辞めたかったら勝手に辞めるのが一番良いことの前提で話すが、辞めたところでそういう人の悪口を楽しむ奴らはどこにでもいるぞ。別にそいつらが特別悪くて最悪なわけじゃない。あえていうなら、誰だってそういう奴らになってしまう。作っているのは環境だな。たまたま、お前がバイトしている職場は使えない人間が居て、使えない人間がいるから愚痴が生まれるその程度のものだろう。けどな、使えない仕事が出来ない人間なんてどの職場に行ってもいる。使えないんじゃない、他人がどうこう理由をつけて評価を下し、使えない人間に仕立てるだけだ。ま、仕事が出来ないって理由だけじゃなくなってきてだな。たとえば仕事は出来るが性格は悪いとか、そういう風に変換されるだけだ。仕事だけじゃない、友人関係、もろもろの人間関係において、人は他者を下に見ることによって安堵を得ている、謎の一体感を得ている。だから、どこに行ってもそういう奴らはいるし、まるでお前は自分は違うかのように語っているが、お前もまたそういう奴らの一員なのだ。違うぞと胸を張って言えるのは、そいつを庇って大勢の言葉を拒絶することが出来る人間だけだ。なにがそういうのを聞いていてキモチワルイだ。だったら、それを庇ってみせろ。お前が変える努力をしろ。そうじゃなければ、逃げればいいだけだ。お前は、自分でも言っていたように、要領もいい、口も上手くまわる。どこにいっても、そういう見下されるラインに立ちにくい人間だ。だから、どこでもやっていける。けど、今辛いからって逃げたらお前はずっと辛いままだ。どこかで庇うように立ち向かうか、それか、無関心になり割り切るかどちからしないと、永遠に繰り返すだけだぞ」


あはははは、なんだそれ。確かにそのとおりだよ、せんせ――ちなみに、最近始めたバイトって嘘ついたんだけど実は最近じゃないんだよね。ぜんぜん、半年くらい前から始めたバイトでさ、そういうのが浮き彫りになるまで珍しく時間かかったんだよね。今回の場合。いつも、そういうのが早めに浮き彫りになると適当な理由つけて辞めてたんだけど、きっとねぇ、わたし自身が今回、その人と人との輪の中へ入るのが遅かったから気づくの時間掛っちゃったんだよね。それで、気付いちゃったら想像以上にしんどくてさ。なんか、誰かに言って貰いたかったんだわ。お前、甘えるなよって。
ほんとさ、せんせ――にも「別にいいよ、頑張ったね辞めなさい」なんていう、優しくて、優しくてけど無関心な言葉吐かれたらどうしようって思っていた所でさ。他の人達みんな言うの、伊藤は優しいね、伊藤はすごいねって。けど別に優しい人間ってわけじゃない、し、自分が一番大好きで自分に一番優しくしたいだけだから、こんなに悩んでいるだけなんだよね。
それは、知ってた。知ってたから、誰かに今のように言って欲しかった。甘えるなって直接的には言ってくれなかったけど、突き放してきたのせんせいだけだよ。みんな、当たり障りない言葉ばっかりで。
けどさ、私に優しい言葉をかけてくれた人たちが悪いってわけじゃないんだよ。だって、こういう話されたらそう返すのが当たり前っていうか。私も甘えさせてくれるのを望んでいた所もあるし。
なによりさぁ、せんせ――みたいには皆、生きられないよ。だって、他人に対して何も思っていないのに、強い言葉を言える人って、自分にそうとう自信があるっていうかさ、自分がある人なんだよ。そう、それ。
せんせ――って絶対に自分の意見曲げないし、他人がどう思っていようが、知るか! っていう態度とってるし、かと言って人に嫌われているわけでもないし、きちんと仕事だってしているし、一言で言うと強い人だよね。そういう人って滅多にいない。ほとんどが、私と同じ凡人だよ。みんな、どっかで、悩んで他人に優しくしてもらうのを望んで、だから人の眼を気にして。それで馬鹿みたいに悩んだり自分より下の人間を探すんだ。
いや、ほんと、凄い。凄いよせんせ――せんせいより、強い人ってみたことないかも!

「そうか? う――ん、初はちょうプリティでチャーミングで可愛くて最強で最高でもう誰も敵わないかも知れない世界一の存在ってことは認めよう」

いや、誰もそんなこと言ってませんから。

「けど、本当に強い人間っていうのは、それこそ、卑下にされている奴らを庇える人間のことだ。自分が例え損をしても。誰から何を言われても。皆に対して平等に接することが出来る人間のことを言うんだろうさ。初のはしょせん、強情ってだけで、強さとはまた違っている。かつて、初が学生だったとき、そういう人間だと感じていた同級生が居るんだが、蓋をあけてみればまるで違う人間だったことがある。そいつも自分に優しかっただけなんだ。けど、学生時代はそういうのを律していたかと思うと、それもまた強さなんだろう。正しくあろうとするということだ。その為に努力している姿は素晴らしく美しいとさえ感じてしまうものがある。初は実のところ、今でもそいつには頭があがらんというか、コイツのいうことだけはきいてやろうとさえ思う。お前は初のことを強いと述べたが初からしてみれば強い人間なんて実はいないのでないかと考えている。他者が弱者を勝手に都合よく作り出すように、強い人間っていうのも他人の評価で決まってしまうものだ。ようするに、他人の眼の数だけ強さというものは存在するんじゃないのか?」

え。じゃあ、さっきせんせいがあげた強い人っていう例はどうなるのさ?卑下されている奴らを庇える人間とか、自分が損をしてもいいやつとか。平等に接することが出来る人間とか。

「だから、それはあくまで初の目線からみた強さについての定義に過ぎないだろう。それにな言ったろう。そういう人間は今まで見たことないって。人間なんてしょせん、自分が一番大切で、偏った愛情を示してしまう平等になんか接することが出来ない奴らばかりなんだぞ。仮に初があげたような、強さを誇る人間がいるとするならそいつはもう人間とは呼べないだろうな」




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