一緒にいるのに別のことをしていると、何のために同じ空間に居るんだろうって、ふと疑問に思う。
友達と遊んでいても、突然携帯を弄り出す子とか、同じ部屋で寝転がっていても一人は漫画を読んでいたり、一人はゲームをしていたり。遊ぼうって言って遊びだすのに、何故か個々で違う事をしている。じゃあ、一人で居た方がずっと楽なのに。他人になんか気を使わないで済むだろうって、そんなことを思ってしまうんだけど、口に出すことは出来ない。
一緒に居るということで、自分は一人じゃないという安心感を持ちたいのだ。他者と群れることによって、自分は場に馴染めているし、惨めで孤独な人間じゃないという。思春期特有と言えばそれまでだし、最近は案外そういう人はずっとそういう人なのだとも思う。群れることでしか生きられない人間は死ぬまで群れ続ける。一人で生きていける人というのは、最初から一人で生きていけるものなのだ。
わたしに初めて出来た彼氏。柴田亮平もそんな人だった。いや、群れることが好きなのだということが顕著に表れていた人なのかも知れない。
外見だけの男。
友達の紹介で付き合うことになって、特別、彼のことを好きだとか、愛しているとか、ドラマや漫画の空想的な世界の出来事みたいに劇的な感情を抱いたわけでもない。ただ、あの場は付き合うということに対して、頷くことが最も適切な空気だったから、付き合うことになった。柴田も私に対して、そういう気持ちで付き合いだしたのだろうということは明白だった。ただ、違ったのは好きになろうと思って付き合いだした私と違って、本当に柴田は場の空気を読んで暇潰し程度に付き合うくらいにしか捉えていなかった。
柴田は良くも悪くも空気を読むのに長けていて、そして、自分の都合の良いようにしか解釈できないし、場の空気をコントロールすることを楽しんでいる、子どもみたいな人だった。



「あ――これ、すげぇ金かかってるよな」
映画を自宅で見ていると、煩いと思った。一本の映画を見る中で、どれだけねちゃねちゃと文句を並べれば気が済むのだろう。物語自体を楽しむという感性が少しばかり欠落していると、柴田と映画を見ていると良く思った。
柴田との付き合いは、始めの内は同じことを同じ空間でしていることが多かった。良くデートで一緒に行ったのは寂れかけ直前の遊園地。ディズニーランド程混んでなくて、アトラクションにそれほど待たずに乗れる遊園地へ一緒に行くのが柴田は好きだった。いや、好きだったというより遊園地へ行けば場の空気が持つし、話が合わなくても共通の思い出が出来ればなんだか親しくなったという錯覚を得るから、遊園地へ行くことが多かっただけだろう。同様の理由で、柴田は映画を見ることを好んだ。始めのうちは映画館まで出かけていたけど、最終的に家で見ることになった。家で見ることになった転機はなんとも判り易く、セックスをしてからだった。
柴田は付き合いだして二週間くらいでセックスしようという話を持ちかけてきた。友人の(柴田と過去に付き合ったことがある女の子)話を聞く限り「私の時は三日だよ!」とか「え、初日からなんですけど〜〜セフレか恋人なのか判らなかったもん」とか「私は一週間くらいかなぁ」とかいう意見が飛び出してくるので、処女だと思われる私相手に随分と待った方なのだろう。と、いうか処女とはできれば付き合いたくなかったんだと思う。だって、初めてと打ち明けたとき、彼が眉を顰めた時の表情を私は覚えているから。
まぁ、とにかく、セックスをするようになってから家で映画を見ることが増えた。自宅だと、場所代も要らない。映画を見終わった後、なんだったら見ている最中から気軽にセックスへ持ち込むことが出来る。初めての時は柴田はとても丁寧に、内心では面倒だと思っていることを隠しながら抱いてくれたのだが、回数をこなすに連れ、段々と自分の欲望だけを押し付けてくるみたいな抱き方しかしてくれなくなった。柴田とのセックスはそんなに気持ちいわけじゃない。下手という訳でもないけれど、私が少しだけ夢見ていた、なんだか大事にされている愛されているのかも知れないと錯覚させ、夢をみせてくれるようなことを柴田はしてくれなくなった。レンタルビデオ代は柴田が払っていてくれたので、まるで200円かそこらで身体を売っているような気持ちになった。
しかし、200円かそこらの時代は直ぐに終わる。付き合って三か月目に経つと、柴田は同じ空間で同じことをすることを諦めた。一緒に居ても彼は携帯を弄ってゲームをしている。私もその横で漫画を読んでいたりする。偶に柴田が喋り掛けてきたかと思うと、セックスをしようという話になって、断るのもおかしな話だったので、まぁいいよ、という返事をする。だらだらと付き合って、だらだらとセックスをする。ただ、一緒に居るだけの関係で、私は柴田の一体、何なのだろうと思った。同じ学校の生徒? 友達の元彼? 私の彼氏? ただのセフレ? みたいな感じで。どれも正解でどれも違うような嫌な気持ちだ。
その場の空気を読んで頷いたのがいけなかったのだろうか。いや、それでも私は柴田のことを好きになりたかった。ずっと付き合っていけたらいいなぁというそこまで甘いことは考えていなかったけど、せめて一緒にいるのが楽しいと思えるくらい親しい仲になりたかった筈なのに、三か月も一緒に居る時間とセックスをした回数だけは多いのに、段々、嫌いになって行きそうだった。いや、まるで柴田からそう仕掛けているみたいに。
だって、私が知っている柴田の良いところで、本当に空気を読んだり場を盛り上げたりすることが上手いんだって事は判っていて、いくらでも続けようと思えば他人との付き合いを円滑に回すことが出来るだろうということも理解していた。几帳面な男で、友人関係の幅は拾いが誰一人として忘れることもない。自分の中で自分が付き合っている人間を把握している、そういうところはすごいなぁと感心していたくらいだ。その柴田が、こんなセックスするだけの関係を私と結び、私が彼と一緒に居ることが嫌だと思うようになってきたということは、彼はそろそろ別れたいのだということを頭の片隅で理解していた。いや、そろそろ別れたいというより初めから私とは三か月限定でしか付き合うつもりがなかったとそういう風に思っていたんだろうということを私は知ってしまったのだ。


「別れよっか」

柴田がそう告げたのは付き合って四ヶ月目になる直前だった。笑顔のまま告げられ、泣き叫んでやろうとも思ったが、言葉が出てこなかった。唾を咀嚼して「うん、わかった」と表面上張付いた笑顔で返した。

「ぶっちゃけ、俺のことそんな好きでもなかったでしょ」

なぁんて、台詞を気軽に言ってくるが「え――そんなことないよ。好きだったってば」と彼が望む返事をしてあげた。
内心ではこうだ。うるせぇ――! 好きじゃなかったとか、お前が言うなよ! お前が私のこと始めから好きでもなんでもなかったし、ただ付き合うって空気でたまたまフリーだったら付き合いだしただけだろうが! 付き合いだして、そんで三か月くらい経ったら別れるかって自分の中で決めてて、私を好きにならなかったのはお前だろうが! 好きになる努力さえしなかっただろうが! お前にとって私なんて性欲の捌け口でしかなかっただろうが! そうだろ! そうでしょ! 私のこと、ただのアクセサリー程度に思いやがって! ただのダッチワイフ扱いしやがって! お前はどうせ、俺みたいな男と付き合えて幸せだったでしょ? 程度に思っているかもしれないけど、私は、お前なんかと付き合ったことがとんでもなく時間の無駄だってって、そんな風に思ってんだよ! 
って。
けど、こんなこと言える筈もないので、愛想笑いで誤魔化しておく。一緒に居るのに違うことをしているのに何の意味があるんだろうって前より深く疑問を抱くようになったのはこの男のせいだ。本当に、柴田と共に過ごした時間は無駄だった。いや、無駄としか思えないようにされてしまったということが、悔しくて、悔しくて、一人で泣いた。私は彼を好きになりたかったし、一緒に居ることを楽しいと思える、そんな間柄になりたかったのだ。





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