努力している人の姿を真正面から捉えると、自分の怠惰が浮き彫りになってくるかのようだ。



ぱぁん。
的中。的を射抜く音が聞こえる。早朝の静寂に心地よい的中の音だけが何度も連続して響き渡った。私はこれほど上手に的を射抜くことは出来ないと毎朝のことながら痛感してしまう。
弓道とは単純な競技だ。弓を引いて的に当てるだけ。他にも礼儀作法を重んじる競技でもあるので、色々な細かなルールはあるのだが、基本的に的の中心に弓を的確に当てられた者が勝者となる、ただそれだけの競技。単純で、明朗で、判り易い。ただ、弓を弾くだけという行為を続けてもう十年以上経つ。
私が弓道を始めたきっかけなんてものは、小学生の頃周りの友達が挙って習い事を始めたので、私もそれに従っただけだった。書道を習うには少し遠くて、野球を習うには男の子ばかりで、同様の理由でサッカーも駄目で、バレーを習うには怖い先輩が多すぎて、水泳はそもそも泳ぐという行為が好きじゃなかった。だから、弓道にした。家から近かったし、弓道という名前を知っていてもテレビ等、メディアを通してみる機会が少ないので、どんな競技なのか判らないということが逆に気に入った。十年以上続けたのは、なんとなくだ。特に趣味もなく、休日を費やす時間を埋めたくて、ただ、だらだらと何の信念も持たず弓道を続けてきた。
楽しかったと問われると疑問を抱く。そんなに好きなのかと問われると、いや、私は好きではない、好きだと胸を張れるほどの情熱は持ち合わせていないと答えざるおえない。本当にただ怠惰に続けてきただけなのだ、そんな競技。そんな部活動で習い事だ。
高校から弓道を始めた人は部員には多く十年以上怠惰といえ続けてきたので腕前は上の中。そこそこ上手いというレベルで全国でも上位だ。ただし、一位はとったこともないが、そんな順位でも自分が誇らしいと錯覚してしまうくらいには、満足していた。
本物の存在に出会うまでた。


ぱぁん。
また的中だ。
なぜ、あれだけ的中を続けられるのだろうかと疑問すら抱く。しかも、皆は部活中、疲れたら自由に休憩を取るというのに、彼だけは必要最低限の水分補給しかせず、ひたすら、的の真ん中を目掛けて矢を放っていた。どうして、そこまで熱心に打ち込めるのだろうか。
以前、気軽な気持ちで聞いたことがある。「どれくらい練習しているの」って。彼はこう答えた。

「ああ、朝は軽くジョギングしてる。20キロくらい、それから柔軟体操して後はずっと矢を的に向けてはなってるだけだよ。練習時間で言えば、一日の半分くらいだな」

と。一日の半分くらいと軽く答えた彼は平日のスケジュールだというのだから、練習のし過ぎだと少しばかり気持ち悪くなった。だって、学校に居る時間は八時間。それと寝る時間を除けば殆ど彼は練習をしているということになるのだ。練習、練習、練習、練習。
尋ねたかった。そんなに練習して飽きないって? 楽しいって? そんな風な言葉が喉元まで湧き出た。吐露してしまおうかとも思ったが、彼がどんな言葉を吐き出すかなんて読めていて、虚しい気持ちになるだけだと、口を閉ざした。
だって、こういうに決まっている。

「楽しいとか、楽しくないとかの問題じゃねぇだろ。上手くなりたいからやるだけだ」

と。はは、笑うなぁと思う。そんなに弓道が好きだという訳でもない癖に。愛してやまない競技だという事でもない癖に。聞いたことがある。弓道を始めたきっかけとか。彼は告げたのだ「好きな人がやっていたから」と、まるで少女漫画に出てくるような台詞を当然のように。あんなに練習頑張っているのに以外だね! 弓道に魅せられたとかじゃないんだ! って声を張り上げると、彼は「別に弓道で食べてけるわけじゃないだろ。趣味だよ、趣味」と、平気な顔をして告げたのだ。趣味のレベルが高いなぁとまた愛想笑い。
彼だって私と同じように怠惰で続けている筈なのに、ただ、違うのは目的意識というだけで。彼は只管、弱味を見せることもなく練習を続けるのだ。横で怠惰に過ごす人間が居ても、そんなのは関係ないというような顔をして。
一年生なのに、部の部長で、皆に慕われているという訳でもないのに、実力はお済みつき。人柄だって悪いというわけではない。喋ってみると気さくだし、一見友達も多そうに見える。けど、彼に友達と呼べる人が少ないのも知っている。部員がどこか遠巻きにしか彼に関わらない理由も。
皆、私と同じだ。大抵の人が凡人で、努力というものに顔を背ける。部活動は楽しむもの、辛いことは投げ出したいもの、出来ることなら家に引きこもって好きなことばかりやっていたい。だけど、それじゃあ暇だから様々な時間つぶしを求める贅沢な生き物。それが、人間という生物の筈なのに。
彼は違うのだ。努力することが嫌いじゃない。いや、やるからには上手くなりたいという台詞のように目標意識が高く設定されており、辛いことも好んで受け入れてしまう。さも、そうすることが当然かのように。
だから、誰も彼の横に立ちたがらない。威圧感のあるその真横に。決して、立とうとはしない。人としての正論を見せつけられて、気が縮む。自らが憐れで小さな生き物に見えてしまう人の横になんて。
私は佐治雄山のことを好きにはなれない。努力し続ける彼の横に立ちたくない。凡人な自分を真正面から見たくない。弱さからは、ずっと逃げ続けていたい。
だから、彼が本当はとても優しくて、普通の男子高校生らしい一面を沢山持っている、そんな部活仲間だということは知っていても、私は、彼のことをどうしても好きに慣れないし、親しみやすく雄山くんなんて呼べる日は来ないのだろう。


「部長、そろそろ休憩しないと倒れますよ」

役職名で呼ぶことは、なんて簡単に他者と距離を取れるんだろうか。





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