01







 
 充葉、充葉、充葉――
 
 拒絶されてしまった。オレの唯一の理解者で、共犯者の充葉に。どうして、無駄なことをするんだろうね。面倒だよ。不協和音を靡かせないで欲しい。歎息を深く吐き出してしまうレベルだよ。オレは充葉が欲しいものを提供していた。背景が蠢き、耳障りで鼓膜を破ってしまいたくなる衝動に駆られるくらい辟易な行為を耐えてやったっていうのに。他でもない充葉に頼まれたからと燦々、口煩く告げたつもりだったのに。オレからのサービスを丸ごと放り投げた充葉。愚かで、魯鈍な行為だと理解しているの。理解していないよね。結局、充葉はオレを手放せないくせに。

 ああ、それにしても面倒だよ。性欲処理として素晴らしい役目を担っていてくれていた、充葉が忽然、オレを拒絶したせいで、無駄な労力を働かせなきゃいけない。
 母さんの為に贖罪として使われるべき労力が他の人間に向けられる。懺悔の間違った利用方法。癡鈍な生き物、充葉を誘惑し、誑し込み、オレから引き剥がそうとする人間に対して、オレは手足を動かす。瓦解しろ。


「薫、お前だろう」

 背景が蠢き阿鼻叫喚を響かせ、トラックを走る日が終焉を迎え、今、オレは屋上にいる。
 青い空。
 オレがまだ純粋でこの大罪にも生を受精した意味も知らない頃、絵の具で塗り潰した空のようだ。深海魚のように隠微な色が自己のため、充葉のために労力を使うのを否定しているようだった。後で幾らでも懺悔してやる。オレを受け入れろ。

「なに言ってんだ、ジル?」

 戸惑った人間の顔が映る。先ほどまで喜々とオレに音を投げかけていた人間は、唇から発せられたオレの肉声を受容することによって、体温を低下させた。憂慮すべき胸騒ぎが男の顔色を不気味にさせているのだろう。興味ないけど。
 けど、お前はオレに制裁を受けなきゃいけない。脇役無勢が粋がるから、悲惨で傍迷惑で煩瑣な行為をオレはしなくちゃいけないんだ。


「誤魔化しても無駄だから、充葉に何か言っただろぉ、お前が」


 意標を疲れた男は双眸に皺を寄せる。嘘を掻き集めて真実を構成しようとするが、無駄だ。
 人間が嘘をつく時、誤魔化しきれない部分が、潜んでいる。ある人間は脚だったり、腕だったり、耳朶であったり、個人によって差は存在するが、呼吸をするみたいに、落ち着いて観察すれば手に取るように、嘘かそうでないか判る。偽笑をしている人間は特に判りやすい。
 充葉とか、さ。
 眼元の筋肉が収縮し、皺を構成する仕組み。容易い。オレは充葉であれば、そういう笑顔であっても、構わなかった。待遇を良くして迎え入れていたのに。


「なに、言ってるんだよ、ジル。オレ、イインチョウになにも言ってねぇぜ」
「はは、嘘つき。死ね」
「っ――!」

 脳髄を駆使しなくても男が充葉に余計なことを吹き込んだ本人であると安易に謎を解答することが出来る。充葉が競技から戻ってくるまでの間、接触した人間はこの男だけだった。
 問質した時に確認した。肩が揺れ、回答ではなく「嫌なんだ」と淡々と冷めた残酷な言葉を呟いた。酷いよね。充葉ぁん。オレを否定した。オレを否定した。オレが生きていることを証明する人間であったにも関わらず。役割を与えてやっていたっていうのに。
 充葉、充葉、充葉―――けど、大丈夫。ちゃんと、充葉が喜ぶようなことしてあげるから。
 御土産として持ち帰ってあげるよ。御玉杓子、精子、卵子、産声をあげる生命、すべてより価値が低いお土産だけど。充葉には、これが一番嬉しいことだってお見通しだよ。ふふ。



「調子に乗るなよ」

 慄然とする男は息心地がしないといった表情を垣間見せ、生唾をごくりと飲み込む。さようなら。
 金網に男を追い込み、脚で蹴り上げる。金属が撓る音がして、男が金網に身体を強打したとする。皮に肉が詰まった生き物は、叫換を漏らす。痛そうだ。もっと目立つ所に傷跡があった方が良いと、胸元を掴む。気持ち悪い。吐き気がする。ああ、けど、我慢、我慢。充葉はこれが欲しいんだから。
 鋭利なナイフのように突き刺さる拳を振り上げ、男の顔面を強打する。頭蓋骨が割れるような音が殴った手を伝い振動するけど、罅が入ったのはオレの手かも知れない。興味ないことだけど。オレの手が割れていようと朽ちていようと。男の頭蓋骨が死んでいようと、生きていようよ。価値など見いだせない。


「ジ、ジル」
「充葉に余計なことをすると、殺すぞ」

 ついでにもう一発、顔に拳を振り下ろす。運の悪いことに指輪が瞼を抉り取ったらしい。血を拭きだした。発狂したくなる。嫌な光景を思い出して。いや、罪か、母さんのこと以外に無駄な労力を使ったオレに対しての。血の雨が降るのを二回も体験する嵌めに陥るなんて想像外だよ。けど、これで、オレを許せよ。懺悔、だ。オレの。認めてやるさ。

「判った、手、出したら本当に殺すからな、ねぇ」


 男は首を全力で盾に振りオレに謝罪を求めた。そんなことより、お土産が完成された僅かな木漏れ日の至福に酔った。
 充葉ぁん、良かったねぇ。お土産が、出来たよ。
 今から、持っていくから、ねぇ。







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