目覚めたら真っ白な病室だった。私の傍らにはゆうやさんが居て、泣きそうな顔で手のひらを握りしめていた。泣きそうな顔というより、疲労感溢れる顔で目の下には隈が出来て、着ている服も皺くちゃだった。顔を数日洗っていないのか薄汚れていて、誰かに殴られたのか頬っぺたは腫れていた。
この人にこんな心配をさせてしまった自分が酷く情けなくて、謝罪の言葉が自然と漏れた。




人間落ちる所まで落ちてしまったら、案外開き直れるのかもしれないと私は最近、食事を取る度に思うのだ。以前だったら病院食なんて不味くて食べられたものじゃなかったけれど、薄味の野菜や肉を噛み締めていくと味に深みが増してきて中々美味しくなってくる。咥内で味が化学変化していく。食道を通って胃に落ちていく。私が生きる為に必要な行為だ。
以前は勝手に低評価していたものが変化していく様子はなんとも不思議だった。

ご飯を食べることがそれほど好きではなかったのは、アナスタシアちゃんが食べることが大好きだったからだろう。もぐもぐとなんでも美味しそうに食べる彼女を見て、このように振舞えば父さんに褒めてもらえて見返りの無い愛情を貰えるのだと気づいた瞬間、自分の冷え切った食卓に並んだ料理の数々が途端に不味く感じた。こんなものはオママゴトで使われる玩具と一緒だと。口に含むたびに木材の味がした。今まではそれなりに好きだった料理を作るという行為も食べてくれる人がいなければ、女としてのスペックを上げる為だけの薄っぺらいものに見えてきた。
ゆうやさんと出会ってからだ、料理を作れるような女で良かったと思ったことは。けれど、それだって、料理を一つの武器として振舞っているような下心が見え隠れしていて、あまり実のところあまり好きにはなれなかった。労働するので賃金を下さいと言っているのとまるで変わらないのではないのか。そんな風にずっと思っていたのだ。
けど、よくよく考えてみれば(いや、本当は考えなくても判ることなのだ)別にアナスタシアちゃんがご飯を食べるのが好きだからって嫌いになる必要なんてことは一切ないし、料理をするのが好きだからなんてことに考え過ぎた理由をくっつける必要なんてまったくないのだ。
要するに何が言いたいかというと、別に私が行う理由の一つ一つに他人をくっつける必要なんてまるでなかったということだ。

今までずっと気づけなかった。
私はなぜかお父さんに好かれなきゃ生きていけないと決めつけていたし、愛情のすべてはお父さんから与えられるものが至高のものだと考えていた。だから、あの人に好かれていない私の存在価値は矮躯で意味などなく、せいぜい、女としての利用価値がないのだと思い込んでいた。
それに別にアナスタシアちゃんが行うことすべてが正しいわけじゃない。確かに彼女は私が好かれなきゃいけないという人間に好かれる術を持っていたけれど、彼女だってどこにでもいる普通の人間なのだ。普通なのだ。そう、本当に特別扱いする必要なんてものは一切ない。私と同じ生まれてから二十年も生きていない小娘だ。ただ、私と決定的に違うのは、今までの私は自分の短所ばかりを探すことに一生懸命だったが、彼女は自分の長所を見つけ出すのが得意で、尚且つ自身の長所を上手く操縦することが出来るというだけだった。そりゃぁ、違いが出てくるし、自分の短所ばかり見つけるのに必死で何もしない女より行動力があり自身の魅力を理解している女の方が好かれるのは当然だと思う。
けど、それに気付かなくて、ただ、彼女が憎かった。自分にはないものをすべて持っている彼女の存在が憎くて憎くて仕方なかった。
今も、憎くないかと言われるとそうではないし、好きかと言われると大嫌いだ。ずっと私は彼女が死ねばいいと思っているし、一生、あんな女と仲良くなれることはないだろう。好んで近づいていく予定もない。








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