005





 数日前に些細なことで紀一を怒らせたことから面倒なことになった。なんで、俺がこんな所に。はぁとため息をついても後の祭り。夜のネオンが犇めく空間で浮くような存在になっている感覚は取り返しがつかない。

「健太、ネネはこんな所に来るの初めてなんだけど!」
「あ――、はいはい。だよな。俺も初めてだよ」
「なんだ、健太も初めてなの?」
「悪かったな」
「別に悪いなんて言ってない。ネネは逆にこういう場所に行き慣れている紀一の方が嫌だよ」
「そりゃ同感だ」

 甲高い女子特有の声を耳元で叫ばれた。昔から女子との付き合いなんて限られていたから聞きなれない。けど、嫌いじゃない。自分のことを名前で「ネネ」と呼ぶ、この女のことは。
 ネネ・トゥ・オーデルシュヴァング。紀一の高校時代の先輩……っていう感覚はあいつにはないだろうから、友達にあたる。俺だって、この女が年上だと思えない。二歳も年上だけど。良く扱けるし、如何にもお嬢様って性格で規格外な金銭感覚な所があるが、全体的にマヌケな女だ。
 なんでもハーフの父親と純粋な日本人である母親とのクォーターらしく、派手な顔立ちをしている。唯でさえ優艶で整った顔の造りをしているのに、化粧で飾られていて、女子って大変だなってこの女を見る度に思う。容姿に関して努力しなきゃいけない。
 男子は容姿も重要だけど、補える性格の良さがあるなら多少は目を瞑って貰える。デブな野郎だけど明るく社交的な男に美人の彼女がいる原理だ。
 そういや、ネネって、この前、紀一に胸触られていたけど、普段、Dはあるように見える胸は偽物で実際はA有るか無いか微妙なラインらしい。「つーか、触るなよ、紀一も」って俺はあいつに激怒したけど、聞く耳持たないし。あれ、俺の方が怒っても良くない? 仮にも彼氏がいる女に対してその対応は駄目だろう。

「あ、あの、健太くん、ネネちゃん。紀一が入るよって、お店」
「あ! 帝! ねぇ、帝、ネネはこういうお店来るの初めてなんだけど、帝はきたことあるの?」
「え? あ、あの、それって答えなきゃ、だ、駄目かなぁネネちゃん?」
「別に。帝が答えたくなかったら答えなければいいよ」
「は、あう、あの「もう其処ら辺でいいから、帝もネネも入るぞ」
「はーい健太」
「あ、は、はい!」

 男にしては可愛げのある声色が飛んできた。呼びに来た男が会話を長引かせる雰囲気を醸し出していたから、無理やり纏めて店の中へ入る。
 男……の名前は黒沼 帝という。こいつも紀一の高校時代の友人。同い年で、地味な顔立ちだが、どこか和む雰囲気を持っている男だ。
 元々、ネネが紀一と友達になったのも帝を通してだったらしい。二人は家が隣同士で、幼馴染という間柄にあたる。俺と紀一と似ているが、ネネの彼氏は帝じゃない。帝は流石、紀一の友達って言ったら失礼だけど、男しか愛せない。ゲイだ。
 ネネが付き合っているのは帝の一つ上の兄貴、名前はなんだっけ。忘れたけど、その人と付き合っているらしい。人を褒めることを滅多にしないネネが、耳を真っ赤にさせ、ピクピク動かしながら、貶しているような口調だが、良く聞けば惚気、みたいな科白を良く吐き出すので、相当好きなんだろう。
 で、黒沼帝だけど、俺はこいつの事、初めて会ったときは無茶苦茶嫌いだった。紀一が川上のことを嫌いな理由とちょっと似ている。嫉妬、だな。認めたくないけど。んで、さ、帝が、凄い良い奴だから余計、足掻いて見せた。自分と比べられたくなくて。余計な不安と苛立ちを募らせた。俺と紀一が復縁出来たのも一重に帝が紀一の背中を押してくれたからなのにさ。
 餓鬼の頃は性格が良い奴から自分にない所をお情けで優しさというお恵み物を配布されているような気分に陥って嫌だった。あの感覚とも似ていた。帝はそんな初めの頃、敵意丸出しな俺が解れるのを辛抱強く待ってくれた。
 地味な顔立ちで息を潜めていれば背景と同化してしまいそうな男で、頼りない口調で喋るし、圧し折れば砕けてしまいそうなくらい線が細く見えるが、本当は、俺が知っている人間の中で誰よりも強い奴だって知っている。纖で優しいひだまりが差し込むような温かさを一度、知ってしまえば、離れられなくなる。俺もその一人だったわけで、解されてしまった後は落ち込んだりした時に胸の中に駆け込みたいくらいは、嫌いじゃない。本人はそんな魅力気付いてないけど。自分に自信が無さすぎるのが帝のマイナス点だ。

「健太、なにボーとしてるの? ネネの足、踏ん付けててるんだけど。ネネも踏み返していい?」
「あ、え、あ、悪い」
「謝ってくれるなら許してあげる、健太だから特別大サービスだよ」
「あー、ありがとう、ありがとう」


 頭を撫でてやるとご満悦なネネは胸を張りながら荒い息を立てた。可愛いな、お前。俺、派手で騒ぐことしか能のない女子は耳障りで、身体には興奮するけど性欲の捌け口、オナニーの対象くらいにしか思ってなかったけど、ネネは素直に可愛いと思える。興奮しないって言ったら嘘になるけど、この女で抜こうとは考えつかない。だからって、こんな店に着いてきて良い訳じゃないけど。

「健太、ようやく入ってきたの? 紀一さん待ち草臥れて健太が入ってくるまでに決めちゃう所だったよ」
「……勝手にしろ」
「え? じゃあ、健太、このすっごく大きいバイブとか買っても良い? 5連のパールとか最近入荷したオナホが具合良いみたいだから紀一さん的にはこれがお奨め。あとね」
「まだ、あるのかよ。言っておくけど、俺は使わないから、そんなの」
「酷いよ、健太! 紀一さんのことを弄んで! ね、帝もそう思うでしょ?」
「ふぁ、あ、あの、僕は」
「帝が困っているだろ。巻き込むな」
「けど、ネネ、この前、帝の部屋で紀一が持っているバイブと一緒の見たことあるよ。」
「ね、ネネちゃん! あ、あの、け、健太くん、その」
「いい、言わなくて良いから帝」
「帝のそれは紀一さんがプレゼントしたんだよ! 可愛くラッピングして、ね、帝」
「あ、う、うん。ありがとう、紀一」
「お前はなにプレゼントしているんだよ! 帝もお礼とか言うな」

 紀一を思いっきり殴る。俺程度の腕力じゃ、紀一は痛がりもしないけど。
 そう、俺たちがいるのはアダルトグッズ専門店だ。都会特有の複雑で押し合うように建設されたビルの一角にひっそりと存在している。普段、買い物をしに昼間歩いていても気付かない。気付いたら気付いたで、警戒色を発する看板の色で忘れようと脳みそが勝手に動く。そんな店の中に俺たちはいた。紀一に連れてこられて。
 どうやら帝は過去に何回か足を運んだことがあるみたいだけど。ゲイってフリーセックスが多いらしいんだけど、帝には長年好きな奴がいて片思い状態。そんな状態で身体を開くのは忍びないし、帝の性格上、羞恥心が上回り無理らしいので、玩具を使って一人でオナニーするらしい。ネコ専らしいから、アナルつかってオナるから必要なんだとよ。いくら帝が良い奴でも、性欲は仕方ない。

「ね、健太、じゃあ、これはどう? 紀一さん的にはおすすめ」
「え――ネネ的にはこのピンクのがいい」
「ちょ! お前、なに持ってるんだよ、ネネ! そんなグロイの持つな!」
「紀一に渡されたのに? あ、帝にはこの真っ白なのがいい」
「ひゃう、ネネちゃんそれ、ろ、ろーたー」
「なにそれ? ネネ、そういう名前の持ってるの?」
「ネネ、お前は判ってないのに持つな」
「健太、煩い――いいじゃない、ね、紀一、これにしたら良いとネネは思うよ」
「いいね、ネネ。紀一さんもそれには賛成だよ」
「だから俺は使わないからな!」


 ネネの無知で純粋なところが今は怖い。帝も恥ずかしがりながら答えるなよ。紀一は殴ってもいうこと聞かないし。

「はい、健太」
「うわっ!」
「健太が使う予定の玩具だよ。ちゃんと触って確かめておかなきゃ駄目だって紀一さんは思うわけです。シリコン製で巨大なサイズだけど滑らかな鼓動で健太の中に入ってくるらしいよ。それとね、これは遠隔操作が出来るタイプ。また、アナルにローター三つくらい入れてデートしようね」
「だれが、するか!」
「そのデートにはネネと帝は参加できるの?」
「だ、駄目だよ、ネネちゃん」
「駄目というか実現させないからな!」
「ネネ、楽しみにしているのに」
「うっ! けど無理だ」
「健太、これだけネネが言っていることだし、紀一さんとアナルにローター入れてデートを実現させようよ。実行日は来週の土曜日とかどう?」
「誰がやるか! 毛根から禿ろ!」


 肩に手を回し優雅に喋る紀一の皮を抓りながら喋る。
 あと、こういう店だから良いのか悪いのか判らないけど店内で騒いだら迷惑だろう。どうやら、紀一とネネはそれが判らないらしい。常識が欠如している奴らはこれだから。帝だけは初々しい姿で、二人を抑えようと精一杯動いている。けど、なんて言うか、帝がこういう、エロい玩具に囲まれながら立っていると、靴下だけ履いた女子高生が恥ずかしそうに立っているみたいに見えて思わず生唾を飲み込む。


「健太、健太、こういのもネネ良いと思う」
「おまっ バイアグラなんて持ってくるな!」
「紀一さんは別にお薬使うのも賛成だよ。媚薬、大好き。ま、本当に媚薬は使わないであげてるから許してね」
「本当ってなんだおよ!」
「え? 健太が廃人になるレベルだよ」
「こわっ なに行き成り怖いこと言い出すんだ」
「ネネの持っている奴は大丈夫みたいだから、使おう健太」
「嫌だって」
「じゃあ、帝使う? 帝は相手いないけど」
「ひ、一人で!」
「ネネが相手してあげても良いよ」
「だ、駄目だよネネちゃん。そういうことは」
「ね、健太。ネネのこの態度見ていると非処女に見えるけど、ネネって処女なんだよ。紀一さんは知ってるんだ」
「なぜ知っているお前は!」
「ネネが喋ってあげたんだよ健太!」
「喋るな!」


 ネネ、処女なのか。
 付き合っている彼氏と交際何年目だっけ。軽く三年は超えていたよな。どういう忍耐力の持ち主だよ帝の兄さんって。あと、頼むから女子が自分で処女とかそうでないとか報告するの止めて欲しい。

「あ、健太」
「なんだよ紀一」
「帝も一応、処女だから」
「だから、教えるなって!」



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