黄金の杯になみなみ注がれた葡萄酒を一口含むと死ぬだろうということは、完璧な仕事を見せる暗殺者の眼差しが曇っていたことから察していた。葡萄酒いっぱいに注がれた毒は体性がない人間が飲むと数十分で意識を奪い全身が痙攣し、泡を吹きながら死に至る。尤も無様な死に方の一つだ。地べたを這い蹲り、いる筈のない神へと祈りを乞うことしか救いがない。人間の尊厳など毒の前には無いに等しい。
しかし、幼い頃から毒への体性をつける為、様々な毒を身体に挿入してきた高峰にとっては身体の自由を数分奪う程度になることは以前、宴会の席での他愛無い話として毒への体性があるということを横にいる暗殺者に語った事から彼は知っていた筈だ。
では、なぜ、完璧な仕事を好む男が体の自由を奪うに過ぎない毒を選択肢したか。理由なぞ、考えずとも把握することが出来た。
自分を生かしておきたいという悩みや葛藤からではなく、不貞の感情を自身が持ってしまった相手に対しての気持ちを一層する為だ。毒などという姑息な手段は使わず、自らの手により恋慕という人間らしい感情を抱いてしまった相手の喉に刃を突き立てることをこの男は選んだのだ。
さて、と高峰は考える。目の前にある毒を飲み干して動けなくなった身体を差出、目の前の男に殺されてやるのも一興だろう。なにせ、自分が初めて惚れた相手なのだから。身体など差出、殺されてやるのも愛情というものなのかも知れない。
しかしながら、自分が死んでしまった後、この国は一体どうなるのか。今まで育んできた文明を王の死という方法で終わらせるのか。統治をおこなってからまず始めに取り組んだのは、徴兵制の撤廃だった。国になぞ、使える気がある人間だけ従えば良いのだ。それにこの王の為なら死んでも良いと思えるような王であれば良いだけの話だと考えた。次に行ったのは才能ある人間に対する補償制度だった。元々、才能ある人間が高峰は好きだ。愛していると言っても過言ではない。有能な人間は身分関係なく尊重されるものであるし、逆に才能がない無能な人間が税を貪るといった現状を打破すべく、王宮から媚びることしか知らない貴族共へ「違う仕事を与える」などと適当な理由をつけ、僻地へと追いやった。
身分格差をなくすという考え方ではなく、才能がある人間には等しく機会が与えられるべきだと考え、平民や奴隷からも官僚になる為の試験を受ける権利と望む者には学校へ通うことにより、国から子供へ給金が支払われるという制度も作った。学ぶ場というのは平等でなければならないと考えたからだ。側近である静流と阿久津に文句を言われるのは既に慣れ、反論を唱える者は何人も出たが、結局は高峰の意見に従い、それを忠実に実行してきた。良い国になったとは思わない。ただ、自身が思い描く理想を実現する為の国づくりとなる基盤は出来上がってきた所だ。
後継者が育ちきってからだというのなら、今すぐ殺されてやるのも良い。王が変われば国も変わる。後継者である王が自分の意思を受け継いでも良いし、逆に後継者である彼の理想に沿うような国を作っても構わないと考えていた。そこにこの国の王だという誇りと責任さえあれば。
しかし、自分の世継ぎは五年前に産まれたばかりの幼いだけの子どもだ。国を育む術も知らず、王位を継ぐと同時に貴族や他国に傀儡とされてしまうだけの憐れな未来しか見えない。誇りを持つ間もなく、責任だけを押し付けて潰れてしまう。
そのようなことになるのなら、彼が国の王たる誇りを見出すまでは、殺されるのを今しばらく待つべきだろう。

「もう寝るね」

晩餐の席で王である高峰が気紛れに立つのはけして珍しいことではない。そして王の席へ出された食事の残飯はすべて捨てるという決まりがあるので間違って毒を服用するものはいないだろう。

「高峰――大丈夫か?」

そう自分を気遣うふりして、後ろからついてくるのは毒を盛り、自らを殺そうとした美しい暗殺者だった。高峰が自分を除いたどの人間よりも美しい顔立ちをした暗殺者は眉を歪めながら、たった今、殺そうとしていた相手の心配を心の底からしているので、中々に面白いなぁと高峰は暗殺者を眺めた。そこまで自分のことを愛しているのなら、殺さずにおくという選択肢もある筈なのに。眼前にいる男はそれが許せないのだ。
任務は忠実にこなさなければならない。
暗殺対象に対して恋慕を抱くなどあってはならない。
そう、自身に言い聞かせている様子が一層のこと健気で、尚且つ、自身の気持ちを押しつぶしてまで仕事を真っ当しようとしている姿には尊敬の念が籠る。

「大丈夫だよ、ありがとうジョン」

だからこそ、殺されてやっても良いと考えているのだが。
それは暫く待っておくれ。ジョン




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