辞書曰く「人間とは」

にんげん【人間】
〔「にん」 「けん」ともに呉音〕
@ (機械・動植物・木石などにはない,一定の感情・理性・人格を有する)ひと。人類。
A (ある個人の)品位・人柄。人物。 「なかなかの−だ」 「あの人は−ができている」
B人の住む世界。世間。世の中。じんかん。 「わがすることを−にほめあがむるだに興ある事にてこそあれ/大鏡 実頼」 〔B が原義で,現代中国語でも「俗世間」の意。日本では,中世末から近世にかけて「ひと」そのものをあらわすようになった〕

という生き物らしい。しかし俺から見てみればただの俺を褒め称え賛辞する肉塊であり、例えるなら犬と人間は同じ生物で牛と人間も同じ生物で俺にしてみれば家畜も同然である。

家族とは辞書曰く

か‐ぞく 【家族】

1 夫婦とその血縁関係者を中心に構成され、共同生活の単位となる集団。近代家族では、夫婦とその未婚の子からなる核家族が一般的形態。
2 民法旧規定において、戸主以外の家の構成員。

となっている。俺からしてみれば家族だけが俺と同じ生物であり、尊敬し愛すべき存在である。傍に居ることを許され当然のごとく他の人間より上位に値する存在である。

恋人とは辞書曰く

こい‐びと 〔こひ‐〕 【恋人】

恋しく思う相手。普通、相思相愛の間柄にいう。「―にあう」「―ができる」
[用法]恋人・愛人――「恋人」は恋しいと思っている異性で、多く相思相愛の間柄についていうが、片思いの場合にも使うことがある。「スクリーンの恋人」◇「愛人」は、かつては「恋人」の漢語的表現として同義に用いたが、現在では多く配偶者以外の恋愛関係にある異性をいい、一般に肉体関係があることを意味する。「情婦」「情夫」の婉曲的な言葉として使われる傾向もある。

となっている。しかし俺にとって恋人は俺が認める存在であり、俺の世界を構築する一端を担う相手であり、俺の感情をすべて受け入れそして拒絶し求める人間である。最悪の場合俺は恋人さえいれば生きていけるのかも知れない。いや生きていけるだろう。他の人間が与えるどの賛辞よりも君の言葉は崇高であり、他の人間が見せるどの感情の色より俺を満たしていった。家族より君は上位の存在かも知れない。いや、君も家族の一員であったのだけれど。だって、俺と君は血なんて繋がっていないけれど兄弟で、君は俺の弟だった。学年が一緒なので君と俺はまるで双子のように扱われていたけれど、顔を構成するパーツがどこも似ていなくて君はよく卑屈になっていた。「慈雨くんはかっこいいね」と俺を褒め称える声の中に、多少の嫉妬を孕んでいたことを俺は知っていた。特別な君に嫉妬して貰えることが俺はとても嬉しかった。
君は「努力できる慈雨くんが素敵だ」と言った。君は生まれ持っての天才型なので努力するといったことを悉く嫌っていた。君は努力することなど無くなんでも出来る人だというのを俺は知っていたけれど、君はそういった労力を払うことが出来ないので、自分はなにも出来ない人だと思い込んでいたし、周りの家畜共も「頭だけは良い子」と上辺だけの安っぽい評価しかしていなかった。俺はそれが悔しくもあったし、その事で落ち込んでいる君を見るのが至福でもあった。そうして君を馬鹿にしていた連中が君のもっとも光り輝く知識レベルの高さは認めざるおえないのだと思うと君を慕う心は増した。

俺は君が好きだった。
好きというより愛していた。「慈雨くんの執着心は気持ち悪いね」なんてことを君は良く言っていたけれど、まさしくその通りだと思う。俺は君に執着していた。君の与える感情を君が世界から受ける感情を独り占めしたかった。
君はとても忘れたくても忘れられない出来事として、俺と両想いになった日のことを覚えているだろうか。あまり素直になれない卑屈な君がつい勘違いをしてしまって、俺に依存ばかりして生きていた君が「自立するよ」なんて冗談にしては笑えない決意をして、俺と離れようとしていたから、俺は感情の螺旋が止められなくなって、つい、君を埋めてしまっただろう。君を風呂場で襲った後に、特注の棺桶に入れて、事前に掘っておいた穴の中に君を埋めた。夏だったから額から汗がだらだら出ていたけど、君が声を喘ぐ姿を想像しながら穴を掘ったんだ。そこでも君が素直になれないなら、しょうがないけれど、最高の君を見て俺が満たされたのち、君は死に神様になれるのかも知れないなんて冗談を後になっては考えていたのかも知れないね。けど、君はそこで見せてくれたじゃないか。棺桶を叩きながら爪をかりかりと引っ掻きながら。俺は君が呼吸できるようにつくった穴からその光景をずっと見ていたんだ。君のことをずっと見ていた。君はとても可愛かった。

「慈雨くん、許して、許して、ごめんなさい、慈雨くん、慈雨くん、許して。僕を、許して、慈雨くん、お願い。僕。嫌、だ、よ。慈雨くんに許してもらえない世界なんて、とてもつまらないものだから。慈雨くん、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

喉が擦り切れるまで君は謝罪をした。俺に謝罪を繰り返した。謝罪の声を聴いているだけで勃起しそうになった。
一日放置して許してと嘆いた君の愛に感激して俺は君を掘り返した。抱きしめてあげると君の無駄な旅がようやく終わったのだと酷く安堵して、付き合いだした記念に初めてセックスをしたのは良く覚えているだろう。痛いと叫びながらも俺を受け入れていた。俺の一部で君が悲鳴を上げるのはたまらなくて、もっと興奮して酷いことされるっていうのに、君は泣き叫んで最終的に声を枯らし起きなくなったな。俺は酷くうれしくて堪らなかったけどあと一歩遅かったら君はおそらく死んでいた。
死んでいた。
死ななくて良かった。君の恐怖にひきつる顔が見れなくなる所だったから。あの時はそう思った。昨日までそう思っていた。
だって、君は俺に告げたじゃないか。
「慈雨くんにだったら何をされても良い」と。今は怖くて体が震えているけれども、僕が好きなのは慈雨くんだよ、と。
君は確かにそう言ってそして俺は君が俺に甘えることを許した。甘えて依存しても良いと言った。そうして、気味が俺に我儘をいう日と俺が君に我儘をいう日というバランスを保ちながら二人は上手くやってきたじゃないか。君の加工されたその恐怖で脅える顔を見るのは俺の特権だったじゃないか。

それなのに、なぜ。
死んでしまった。

死とは辞書曰く。


し【死】
1 生命がなくなること。死ぬこと。また、生命が存在しないこと。「―に至る病(やまい)」「―の谷」⇔生(せい)。

らしいよ。
ようするに辞書によると君の命はこの世から消えてしまうということになる。
昨日君は珍しく外に出ていた。俺と一緒の時しか外へ極力出て行こうとしない君は一人で買い物に出かけた。作りたい料理があったのかな。読みたい本があったのかな。理由はもう判らないけれど、君は買い物をする為、銀行へ行きそこで殺されてしまった。
たまたま君は運悪く銀行強盗と鉢合わせをして、そして殺されてしまった。犯人がナイフを突き立てて君の皮を破ったあと、君は脅え大人しくしていたというのに、威嚇用に放った球がたまたま君にあたって脳漿が吹き飛んで死んでしまうなんて、酷い話だよね。
俺は始め冗談かと思った。だって、気味が俺の許しを乞う前に外へ出ることなんてありえない話じゃないか。今日は家にいていつも通りごろごろしている予定じゃなかったのかな。そして、俺が帰ってきたのを迎えて俺は君の作った料理を食べて後片付けが嫌いな君を笑いながら俺が片付けるなんて平凡な繰り返される日々の延長戦だった筈だよ。
それなのに、なぜ。

電話を受けて俺は真っ先に駆け付けた。君は病院の霊安室に顔が判らない状態で寝かせられていたね。君の死体に顔をつけて最後のキスをしようとしたら医者に止められた。キスしたいと言ってももう口がないの一点張りで。確かに頭部の損傷は激しく、死んだあとにたくさんの人に踏まれたみたいだから(つぐみが死んだことによって介入してきた警察の手により人質は助けられ、逃げる人質につぐみは踏まれてしまったのだ)顔は原型をとどめていないけど、これはつぐみだったものじゃないか。
酷い。酷いな、つぐみ。
どうして死んでしまったのだろうか。死んでしまうなら俺がいつでも殺してあげたのに。
そして、難い。憎くて堪らない。勝手だが「裏切者だね」と君を蔑みたい。君の恐怖におびえる顔は俺だけに与えられる君からのプレゼントだった筈なのに、他の人間へ「死」という最も位が高いプレゼントを与えるなんて。酷い話だよ。つぐみ。俺も君の脅える顔が見たかった。もっと見ていたかったのに。そんな家畜同然のやつに見せてしまったんだ。つぐみは俺ではなく他の奴に殺されてしまったのだ。
それが、ただ悲しく、憎い。つぐみ。

君は言っていたね「僕を傷つけてもいいから他の人は傷つけないで」と。あれは独占欲なのか、清らかなこころもった天才だからこそ言える自己犠牲の優しさなのか判らないけど、気味が俺から自立しようとしたとき、狂乱した俺を見て言ってくれたのかな。どちらでもいいけど、つぐみがそういうので、しなかったんだ。
本当は人を殺すギリギリまで痛めつけて恐怖で脅える顔を見るのが好きなんだ。
爪を捲ったりする程度じゃないよ。たとえば指だったら一本一本一センチ間隔で切っていくんだ。ゆっくりすることがポイントでね。そうやって俺が長く楽しめてお得なんだよ。君にもしたかったけど、四肢欠損はきっと怒られると思って我慢していたんだ。けど、もうやってもいいよね。いや、もう知らないさ。
だって世界は俺から君を取り上げたんだ。
翌日は葬式でエバーミングされた君は安らかに眠っているだけのように見えた。化粧がうっすら施され、地味な顔だと嘆いてばかりいた君だけど、それなりに見目を気にすれば君の実の姉であるみーちゃんととても似ている。男としては中途半端だけど他の人間からしてみても美しいんじゃないだろうか。ああ、それに棺桶の中はやっぱり似合っていたよ。俺が選んだ方が良かったけど父さんと母さんが葬式の準備をしてくれたから、少しダサイかもしれないけど、許してねつぐみ。
つぐみ、なんて綺麗なんだろう。俺が愛した脳味噌はもうすっからかんだけど。他の人より秀でている君の頭をなんで潰されなきゃいけなかったんだろう。君はどうして死んでしまったのだろうか。
俺はそっと君の頬に触れて、涙を流すと母さんが後ろから肩を抱きかかえてくれた。優しい母さん。俺が好きな母さん。俺の優しい家族。けど、もう君はいない。この中に君はいない。今から、君は燃えてしまうのだ。
なら、仕方ない。もう君との約束を、君とのお願いを聞く必要なんてのはまるでないのだから。
君を護れる価値さえない家畜共なんてのは、もう殺して不要な物にしてしまっても。君は悲しまないし、俺を嫌わない。そうだろう、つぐみ。





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -