「ガウェインくん。まだ帰ってなかったの?」
「探してた」
「私を?」
「そう、アンタを」

口に出した途端、一緒に帰りたかったという思惑が漏れてしまったかのようで恥ずかしい。体温がじわり、じわりと背骨を伝うようにして上がっていくのが判る。口の中の水分が奪われてしまったのだが、杏は果たして気づいているだろうか。いや、見透かされているに違いないので余計に恥ずかしい。

「ごめんね。先生に頼まれて荷物を中等部へ運んだあと職員室でちょっとお手伝いして、ここに戻ってきたの。一つの場所にいなかったから見つけにくかったでしょう」
「いや、別に」

目線を逸らしながらも前の席に腰かける。びっしり書かれた日誌を見て目を細めると笑い返された。もうちょっとで終わるからね、という意味らしい。
相も変わらず頼まれごとをして放課後を潰していたようだ。お蔭で見つかりにくかった。姿をふらぁと煙のように消える自分を杏はいとも簡単に見つけだすので、教室で一緒に帰ろうとした杏の姿が見えなくて、近くにいるだろうという舐めた気持ちで動くと酷い目にあった。近くになどいる筈もなく、近く所か一か所に定住していなかった。見つけ出せないわけだ。良く他人に頼まれたお願いでせっせと動き回ることが出来るものだ。
どうせ、日誌だって他の奴に押し付けられているに違いないのに。丁寧に、今日あったことを書いていく。適当であっても誰も怒りはしない。この間、巧が付き合っている女の子との日常を日誌に書いているのを見たし、その巧の弟である由直が第三者が読めば巧観察日誌を書いていたのも知っている。ガウェインだって必要最低限の情報しか日誌には残さない。なのに、杏は頼まれたことだというのに、丁寧に書いている。

「真面目過ぎ」
「あら、真面目なのは良いことよ。それに私、日誌書くの嫌いじゃないし、こうやって記録に残ることを適当にやる方が怖いわ」

怖いという言葉の裏側を読み取ってガウェインは杏のこうした、良い優等生であるのに強かなどこか計算高い一面が嫌いではなかった。別に杏は「良い子」というわけではない。心の内側では内申点がとか皆の心象にどう残るかとか、そういうことを無意識のうちに計算して出来る女だった。
ガウェインから見れば阿呆かなと思うくらい優しいのに、人に使われているようで実は最も人を利用しているような所を初めて知った時、とても興奮したし、利用して言葉で攻め立て傷つけてやろうと思ったし、少しだけ惹かれていた。

「俺から見れば面倒事押し付けられているようにしか見えないけど」

ぼそりと独り言感覚で呟いた言葉に反応され顔をあげられた。違う、独り言だったと弁解しようとしたが杏はそう捉えなかったようでにこにこと口角を上げ読めない顔をこちらに向けていた。

「別に嫌でやっているわけじゃないのよ。それに、これは私が進んでアナちゃんから引き受けたものだし」
「げ、アナスタシア……」

不意打ちでアナスタシアの名前が出され心臓が裏返るかと思うほど緊張した。アナスタシアは杏の友人であるのだから名前が出てきても可笑しくないのだが、今、この場面で出されるとは想像すらしていなかった。

「固まっちゃって。可愛いねガウェインくん」
「別に可愛くはないよ。けど、なんでだよ。アイツ日誌とか張り切って書くタイプだろ」

あの女は任された仕事を適当に熟す人間ではないし、クラスの役割となると普段以上に張り切って書くはずだ。女子が書く日誌特有の丸文字に無駄なデコレーションが施された大きな文字と落書きで一ページ埋め尽くされた日誌が誕生するに違いないし、実際、以前、日直があたり日誌を書いていたアナスタシアは休み時間の度に日誌を取り出して書いていた。

「そうだけど今日はアルバイトの日で。人手が足りないから早く帰らなくちゃいけないって困っていたから、私が嫌がるアナちゃんから強引に日誌を奪って書いているの」
「へぇ」
「自分の仕事だって言い張ったけど、今すぐ帰らなきゃ間に合わないでしょ! って言ったらしぶしぶ渡してくれたわ」

間に合ったっていうメールが届いていたから多分明日にはものすごいお礼でも言われるんじゃないかなぁと口元に手をあて、杏はくすくすと笑った。
ガウェインはその話を聞きながらどうしてアナスタシアなんかの為に彼女がここまで無料で奉仕できるのかが理解出来なかった。いや、無料のように見えて実は利益を生み出しているのだろうか。一般人である彼女が私立の学校に通えるのは奨学生であるという事と、アナスタシアの両親が杏の生活を保障しているという点が大きい。転校する際、友達と一緒じゃなきゃ嫌だ! と駄々を捏ねたアナスタシアの儚い犠牲となったのが杏なのだが(真実は過保護な親が友達も一緒に転校させた)やはりここにも計算があるのだろうか。

「アンタはあの女のこと嫌いじゃないの。転校もだし、気とか使わなきゃいけなくないの? あの女のせいで、酷い目にもあってるだろう」
「ああ、ガウェインくんはアナちゃんのこと嫌いだものね」

ぐさりと直接的な言葉が胸を貫く。普段は優しい癖にどうして、容赦ない言葉を振りかざすことがあるのだろうか。いや、知っている。上辺だけの人間でないから容赦ない言葉も稀に飛び出してくるのだ。

「あ、別に嫌いなことをわるいって言っているわけじゃないのよ。ただ、今のはとても私に「ええ、実は私もアナちゃんのことが嫌いなの」って同意して欲しそうだったから言っただけで」
「同意……うん、してほしかった」

してほしかったのかも知れない。ズルイと言われてしまえばそれまでの言動だった。ガウェインはどう頑張ってもアナスタシアのことが好きになれそうになかったし、あの女のことを思って楽しそうに笑みを浮かべた杏の顔が気に入らなかった。それに、計算高い杏の中にもっと人間らしい腐臭のようなものを見つけられれば、この恋をしているモードの自分からさようなら出来るかと思ったのだ。

「ダメよ。人を嫌うことは別に悪いことじゃないわ。寧ろ、心を穏やかにするためには都合の良い八つ当たりとして一人くらい嫌いな人や現象があった方が良いのかもしれないけど。人にそれを押し付けるのは駄目よ」
「ごめん」

素直に謝ると子どもをあやすように頭を撫でられた。完璧に下に見られている。恥ずかしいし少しばかり苛立つけど、辞めろと手を振り払う気にはなれなかった。

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