何が不満だったのかというと、俺という存在に愛されて置きながら、現状に自信が持てないという根性だったのだろうと誰もいなくなり閑散とした部屋で一人思った。先ほどまで泣き喚いていた残骸は、ジョンと入れ替わるように私室へ入ってきたシズルがすべて処理して行った。いつもならジョンに対する不満を小言のように残していくのだが、今日は無言のまま散らかったゴミ箱や衣服を片付けて行く様子が気に食わなかった。
ジョンが居た形跡など無かったかのように無機質な部屋だけが広がっている。
俺が思いついた機能的を絵に表したような部屋は実に居心地が良く、使い勝手も良い筈なのに、傍にいた愛情の塊を追い返してしまったせいか胸の仲に僅かな侘しさが残っている。
冷静になって考えてみればもっと適格な言葉がこの頭の中には眠っていたという筈なのに、あまりにも自分から与えられる愛情を悲観的にとらえているジョンに腹が立ち適正な言葉を述べてあげることが出来なかった。キツイ言葉で返すことも必要であったが、肉声を荒げるようにして唇を動かせば、あのコミュニケーションをとることを不得意なジョンが混乱に陥り、頭の整理もつかぬまま声を荒げることなど想像出来たというのに。まったくもって、俺という存在でも未だ未熟だと思う所があるのだから、人の感情というのはどれほど人智を超えた脳味噌を持ってしても、対処できる範囲内ではないのだろう。
しかし、どうすればもっと的確に愛を囁けば良いのかということが判らなかった。いや、判らなくなった。自分は今までジョンに対して持てる愛情表現のすべてで愛してきたはずだ。彼が落ち込んだら励まして見せたし、どんな我儘も許してきた。もちろん、自分も同じだけのことをジョンに敷いてきたが、それは自分という誉高き人間に愛され我儘を言って貰えるということも愛情表現の一つとして彼も受け取っていると解釈していた。
もちろん、我儘を聞くなんて陳家な物ではなく、自分は彼が最も欲しかった愛情の形を家族になるという形で体現したつもりだったのだが、あの男に言わせると自分の子どもでさえ「親しい人間ではない」と言うことになっているので、まったく自分が今まであげて育んできたと思い込んできたものはいったいなんだったのかと頭を傾げたくなる。
ではどうすれば愛情を受けているということをジョンが理解できるかという話になるのだが、結論として無理だろう。それは、彼が生まれた時点から人生をやり直せるという画期的なシステムが開発されない限り、幸せに浸るという経験を今までしたことがない男にとって。今のような現実は夢のようなのだ。だから儚く崩れるものに対し脅えている。脅え、信じることをしない。
俺から見ればとても愚かとしか言いようのない思考回路ではあるのだが、彼が生まれ育った環境がそういう価値観を育んでしまったというのなら、仕方のないことだと割り切るしかない。俺は今回、ついこれに対して割り切るという対応が上手にとれなかった。いや、割り切るというより、受け入れると言った方が正しいだろう。
俺は愛情の示し方で最も判り易いのはすべてを受け入れることだと考えている。もちろん、常人が行えば心に負担がかかり限界を訴え破綻してしまうだろうが、小椋高峰という存在にとって、そんなこと容易いことだ。もちろん、ジョン以外の人間を受け入れ愛してやるつもりなどない(あの阿久津やシズルだって俺は嫌なところがあるくらいだし、彼らの行動を咎める時だってあるくらいだ)のだが、ジョンに対してはこの小椋高峰のすべてを貰い受ける資格があるのだから。
まぁ正直な話を言うと、意固地に過去の幻想に囚われ「自分は幸福になれない」という一点のみに執着するような人間は優秀とは言い難く、ジョンを愛してしまう前の俺ならば、そんな無価値な人間はすぐさま切り捨ててしまうんだろうが。もうお前を愛してしまったし、他でお前がどのように優秀であり、どのように美しいかということを知ってしまったのだから。切り捨てることなど出来ないだろう。

「ねぇジョン」

だから愚かなその考えを俺は捨てろとは言わない。先ほどの発言は撤回しても良いし、俺の方から謝罪を申し立ててもいいだろう。俺が膝を折るなんて、そんなこと今まで誰かにしたことがあっただろうか。良く思い出して欲しい、ないでしょう。俺はプライドなんてものはないけれど、膝を折るという行為とそれに付随する周囲の反応が面倒で、滅多に頭を上げ膝を折ることなんてないんだよ。けど、お前になら自身の発言を撤回するというただその事のみにおいて頭を下げ謝罪の言葉を述べよう。

儚く崩れる幻想だけしか見れないというのなら見せてやればいい。永遠に。
セックスをするだけの関係以上の他愛無い会話を繰り返すことに意味を見出さないというのなら、俺がその意味をずっと傍にいて見出してあげる。もちろんセックスもするけれど、お前が傍に居るだけで幸福だということを言葉でもって証明してあげよう。
幸福に浸った夢を見せてやることが出来るのなら、死ぬときには夢が現実へと変わるだろう。



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