五輪の季節になると一つばかり面倒なことが起こるのだと透は炬燵に入りながらアイスを食べ杞憂した。夏でも冬でもオリンピックの悪魔というのは、この飯沼家においても存在する。特にこの冬のソチオリンピックは現在進行形でヤバいだろうなぁと深夜三時だというのにテレビに釘付けな夫、祐樹をみて思った。

祐樹のオリンピックにかける情熱は凄い。同列して世界陸上の時も凄いけれど、陸上単体よりスポーツ観戦が好きな男なので、様々な競技が盛り込まれているオリンピックの方が楽しめるようだ。平和の祭典という響きもおそらく好きなのだろう。
今は日本男子初のメダルが期待される、スノーボードを見ている。ショーンホワイトはやっぱり凄いなぁ、なんてスノボの神様と呼ばれる男の名を告げながら、自分の息子より年下の餓鬼がメダルをとる瞬間を心待ちにしているし、なまじ人並み離れた運動神経があるせいで、どうやったら出来るかなぁとオリンピックチャンピオンの技を目で見て本気で覚えようとしているので、太刀が悪い。
因みにこうして透は付き合いながら、祐樹が一喜一憂する姿を眺めているほうが、よほどスポーツ観戦より意味のあるものである。そもそも自分より年下の餓鬼が活躍している姿というのは、自分の子供や孫を除いてなんとも気に食わないものなのだ。一言でいうなら、苛立つし、会見のときなど、稀に調子乗ってるなこの餓鬼と呟きながら、煎餅を齧るほどだ。
だから、冬季オリンピックなんてもの興味はない。夏季ならば、息子である翼が出場きているので、まだ熱心に見ることが出来るし、祐樹だって、そこまでハメを外すことはしない。どちらかというと、数年前に翼が六位入賞という苦い思いを経験してからは、祐樹も同じように胃が痛むのか、きりきりと奥歯を噛みしめるようにテレビを見ている。スポーツマンとしてより、父親としての顔が勝つのだ。
だから、本当に危ないのは、冬季オリンピックなのかも知れない。彼はまったく無関係な観客側でスポーツを楽しむことができるし、祐樹を縛る感情の檻なんてものは、なに一つないのだ。証拠のように、普段、有給を滅多に使わない働くこと大好き人間がオリンピックの間、残っていた有給をすべて利用してテレビに向かっているのだから。

祐樹の応援は一言でいうと煩い。くっとか、あっとか、そこそこ! とか、いけーー! とか声をあげて子供みたいになる。祐樹の声を聞いているだけで、だいたい、今がどんな状況か分かることが出来る。子供のような祐樹を見ているのは、肩の力を抜いているのだ、彼が見栄とか虚勢とか疲れるものをすべて自分には預けてくれているのだというのが、わかりやすく目に見えて嫌いじゃない。どちらかというと好きなので、子供たちは煩いというだろうが、誰の家だと思っているという気持ちでもっと騒げば良いのにとさえ思っているのだ。

ただ困るのは彼がなんとも影響されやすい人間だということだ。感動してああ、良かったで終わっていれば良いのに、スポーツマン精神が騒ぐのか、あれもやりたい、これもやりたいといいだす。ハッキリ言ってやれやれである。やりだしたことを直ぐに、ベテラン級に仕上げて、おそらく祐樹が興味も持った種目であるのなら、なんだってオリンピックのメダルを取ることが可能であるだろうけれど、趣味で終わらす。やれやれ、であるが、まぁ実はこれは、祐樹ったらお茶目だなぁとか、祐樹がやりたいのであればしょうがないよ……で許すことが出来るが、やれやれだよ、で許されない、ええ、祐樹止めようよーーと面倒な説得をしなければいけないことが八年に一度ほどある。


「俺、現役引退しようかな。生涯、現役って良い言葉だよね」

これである。
今は銀メダルをとったスキーの葛西選手のインタビューを聞きながらの、なにやら真面目そうに呟いて決意表明していた。いやいやいや、である。止めなの、止めろってと繰り返して止めるが、暫くの間は聞く耳を持たない。困ったものである。冬季オリンピックの面倒な所は、祐樹よりよほど年上だというのに、選手で居続ける人が大勢いるということだと、透は、一生現役宣言や聞きながらため息を吐き出した。



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