ああ、そうか自覚かと手のひらに流れる血液を見つめながら唐突に思った。ルーティンも煌も寝てしまったけど、なんとなく身体が沸騰して性欲とも結び付かない冷めない興奮に嫌気がして外に出てきた。寝息を傍で聞いていると、駄目だと頭の中で直感が囁いていた。
シリアルキラーってわけでもないけど身に着いた衝動が稀に生きている物を殺したくて堪らないと告げてくる時がある。いや、生きている物っていうより、自分の身体に纏わりついている重荷を取るような感じで余計なものを削除したい衝動って言った方がより正確にこの現象を説明出来ている。
ベランダに出ると夜道に燦々と街灯が照らされている。無駄に広い芝生を挟んで、巨大な道を夜中だというのに車がびゅんびゅん行き来していて、こういう光景を見ていると、アメリカへ来たのだという実感が僅かに湧いてくる。中国の方は俺が好んでいるっていうのもあるし、どうしても中立の近くから離れられないっていう事情が関係して、排気ガスの行き交う音とは無関係な所にいるからね。
ふぅと煙草の息を吹き出すとぷかぷかした煙が見える。白い煙は毒の元というが、俺にとってはたくさん毒を吸い過ぎてむしろ心が落ち着く煙になっているから始末がおけない。
瞬きをして星を見ると、向こうにいた時より星が綺麗に映っていた。そういえば、ルーティンは付き合いだしたばかりのころ、嘘か本当か判らないけれど夜空を見るのが中々に好きだなんて言っていた。見栄を張っていたつもりか、ロマンティックを気取りたかっただけか判らないけれど。彼の出身地は片田舎でビルもスモックもない世界で星だけが輝くように見えていた。正直、その話を帰路にされた時は星が綺麗だという感覚が今一つ理解出来なかったけれど、話を合わせた方が得策だろうと口を揃えた。
今でも星が綺麗だとは思わないが、ルーティンがそれを見るのが好きなら、隣に居て付き合うことが苦でないとは思考が働くようになった。

「冷えますよ」

窓の隙間からルーティンの声が聞こえた。寝起きの掠った肉声はセクシーでたまらなくなるんだけど、告げたら馬鹿ですか、とほほ笑んで盛ってしまうから止めておこう。
俺の肩にブランケットをかけられる。冷えますよ――と言われて初めて、アメリカの夜は驚くほど寒いのだということに気付いた。寒さなんてもの無縁の世界で生きてきたから、今が寒いのだということに気付かなかったのだ。
どうにも俺は鈍いらしい。
鈍いのだということにルーティンと出会って初めて気づいた。
「自覚だ」と唐突に思ったのは、頭の中でルーティンのことを考えていたいたからなんだけど、俺は彼に会って様々なことを自覚してきた。
今までする必要なんてなかったし、俺に対して正面から「あなたはこういう所がありますよ」と指摘してくる人はいなかった。他人に対して濃密な時間を過ごした事もなかったし、どこか一線を置くのがどうやら癖らしく(いやぁ俺としては置いている気は実はさらさらないんだけどさ)俺のことをそれほど知っている人間もいなかった。唯一、いるとすればアルコットなんだろうけど、お互いに個人主義で、ダメなことなんて山のように知っているがわざわざ指摘しあう間柄でもない。無駄に干渉されるのは嫌いなんだ。
まぁ、けどルーティンに言わせれば俺はどうやらアルコットのことが相当好きらしい。「だって貴方、今回の裏切りについてそこまで組織の老害に対し恨みがなかったでしょう。恨みっていう感情すら佩芳の中では生まれにくいものなんですから。いや、あるとは思うんですけど鈍いでしょ、貴方。だから、なかったのに裏切者扱いされてまで組を出てきたのはアルコットさんのことが好きで彼を尊重したからですよ」と言われて、確かにそうだなぁと理解した。
俺は老害達に対して、母親に売り飛ばされ見世物小屋で働かされ身体中に与えられる拷問は両手じゃ足りない程されてきたけど、痛みはまるでなかったし、ただ俺の視界が真っ黒に埋め尽くされていく光景とかを見ながら、これが絶望の味なのかなって笑いもした。けど、血反吐が出ても生きてやるって気持ちがっあって、それから暗殺者として育てられたり、戦場に送り込まれて人肉を食べたり、あ、そういえばある程度、大きくなっても見世物とし脳味噌を生きたまま開けられたことなんてのもあったが、恨むって気持ちすら知らなかったから、なんとなくここに居て、生きていくんだろうと、曖昧なビジョンばかり持っていた。
正直、アルコットに話を持ちかけられた時は「おいおい、マジかよ」という気持ちと、言われてみれば、俺は憎いのかも知れないという気持ちと、もうオジサンになったっていうのに過去の柵に囚われてまるで十代の頃みたいに泣きそうなアルコットを見て、しょうがないなぁという気持ちになったのは事実である。
ルーティンにそれをいうと「貴方は自分の感情と向き合うってことを知らないでしょう」と諭されて、自分探しなんてものやっている暇なんてなかったよ? と返すと溜息を吐かれた。
うん、けど、溜息を量れた理由に対しては判っている。俺はルーティンに出会って指摘して、自覚するまで自分というものと対面する機会なんてまるでなかったし、必要のないものだった。不要なものは切り捨てて生きてきた方がぜったいに楽だし、せっかく痛みを感じない身体なのに、心を病んでしまったら意味がないだろう。だけどルーティンはきっとこう言いたかったのだ「楽しいのも嬉しいのも泣きたいくらい幸せなのも、自覚しないとわからないままですよ」と。そうだなぁ。そうだね。ルーティンと会うまでは不必要だったけれど、君の顔を見ていたり、傍に居ることの儚さを実感したり、些細な笑った顔がなんとなく嬉しかったりすることを自覚して、悪くないし、無自覚のまま俺はそういう君のような人を求めていたのかもしれないと思うようになった。

「ルーティンはすごいなぁ」
「いきなり、何を言っているんですか。あなたは」
「うん、いやぁ。すごいなぁと。きっと君は医者になれるよ」
「ごめんですよ。あんな仕事」

溜息を吐き出してルーティンはこっちを見た。俺に捕まったことを不幸だとこの人は逆恨みすることはないのだろう。ルーティンの手をぎゅっと握ると、なんですかとはにかんで、この顔が無性に好きだとそう自覚した。



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