死にたいと思った経験はいくらあるかと、佩芳に聞かれたので、煌は暫く悩んだあとで、首を振るのを躊躇った。ギーゼルベルトに出会うまでの日々なら、地獄であったが、死にたいと願う日などなかった。どちらかというと、死にたいより生きたいという欲求が強かったのだ。生きたいと欲求しなければ、落ち零れとして死んでいくだけだと、頭の片隅でなんとなく、わかっていたのだ。まぁ、それも結果論なのだが。いうならば、考えることも、悩むこともなく、ただ生きていただけなのだ。意味など、そこにはまるでなかった。
ただ、死にたいと真剣に願った絶望を噛み締めた日はあった。ギーゼルベルトが出て行った日だ。雨の日だった。うっとおしいほど、雨が降っていた。散々と降り注ぐ雨音が出て行く必要などないという、煌の声を遮った。ギーゼルベルトは眼光を鋭くもち、首を振りながら、駄目だと低く声を零した。始めて聞いた子供から脱却した大人の肉声だった。知らない声が胸に響いて、ストレスで穴が、あきそうだった。始めて、世界の中心から拒絶されたような痛さだった。
そうだ。ギーゼルベルトと関わって、生きるということの素晴らしさを学んだのだ。いつだって、ギーゼルベルトのために生きていたかった。それか許される関係であることが普通だった。当たり前の変わらない日常だったので、奪われた時の空白さを知ろうともしなかったのだ。
生に対する執着だ。だから、彼が縋り付く煌の手のひらを振り払い、長かった紙を切り揃え、外へ出て行ったとき、確かに自分は絶望していたし、生きる意味があれほどわからなかった時もない。
死にたいとは願わなかったが、生きている意味や方向性などが、煌にはまるで、わからなかった。


あるのかーーと佩芳は嫌味な顔で答えた。状況を作り出した張本人なので、腹が立って、足を踏むと、さらりと避けられた。
逆に煌は、だったらお前はあるね? と尋ねた。絶対にないだろうと踏んでいた。なにをするにも、飄々として生きているような男だった。ある筈がないのだ。
にやりと、佩芳は、弱点を教えるわけがないと、自慢気に告げた。しかし、どこか遠くをみながら、そうだなぁ、くるかも知れないと見つめた。どこを見ているのかとは、聞くまでもなくわかった。だって、煌がギーゼルベルトを見る眼差しと同じだったからだ。この男も知ったのだろうか。自分と同じように生きている意味を。だったら、もうこちらに関わってこないで欲しいいと、頬っぺたを膨らました。



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