お茶の香りがした。ルーティンはすでに嗅ぎ慣れていた。佩芳の家に行くと必ず彼が飲んでいたものだ。アメリカにいた時は異国の香りがすると故郷に思いを寄せる佩芳の様子を見て可愛らしい所もあるのだとほくそ笑んだ。
仙桃茉莉花茶と呼ばれる中国で栽培され売られている、お湯につけて時間が経つと茶葉の薫り高い匂いと共に、真っ赤な花が開く、見目麗しい美しいお茶だった。
あまりに飲んでいる姿を見かけるので、輸入品を扱うスーパーで見かけた際、購入して渡すと「あれ、俺ってそんなにこのお茶好 きそうだった?」とまるで、彼が意表をつかれたかのように目を見開いたので、無自覚だったんですか? と呆れたものだ。同時に私を半分はからかっているのだと思った。だって、彼はそう思ってしまうほど仙桃茉莉花茶を飲んでいたのだ。
今なら、彼がからかっているのてはなく、本当に自分が好きであると気付いていなかったのだ。ルーティンが仙桃茉莉花茶を買ってきて数日後に「うん、やっぱり俺はこの花が小さな世界で美しく咲いているのを見るのが好きみたいだよ」と言っていた。同時のルーティンはいったい何を今更………と思ったが、中国へ無理矢理連れて来られたり、君が好きなのかわからない、なんてことを言われたあとで、じっくり考えてみたらやっぱり君がいないと生きていけないなんて都合が良い言葉を吐き出されたあとだからこそ、わかる。彼は自分の気持ちに鈍感であるし、好きと認めるまで暫く時間を要する人なのたということを。だから、けして、冗談で好きだったのか……とあれ程、好んで飲んでいたものに対して言う人ではないのだ。

「煌は間抜けで使えないなぁ」

ルーティンの姿が廊下の角で見えないので、佩芳はいつものように煌に対して絡んでいた。視界のすべてで、ルーティンは煌と佩芳の姿を見る。
すべてにおいて、自分の気持ちに対して鈍感な男の人が、煌に対する気持ちだけは随分と前から自覚していたように思える。そもそも、鈍感というのもあるが、すべてにおいて無関心過ぎる人なのに、煌に対してら無駄に執着している。ルーティンはそれが気に食わなかった。腹が立って自分の場所を奪う可能性がある男を排除したかった。
寸前のところで踏み止まっていられるのは、煌がギーゼルベルトという男を溺愛しているということと、目を凝らして良く見ていると、佩芳は煌を仙桃茉莉花茶のようや愛してることがわかる。つまり、檻の中にいるから、美しく、手が届かない場所にいるからこそ、価値のある存在なのだ。小さな世界で生きている、ある種の佩芳にとって理想の存在、それが煌という男である。理想というのは、現実に変換されないものだということを、ルーティンは長年の経験から知っていた。現実に変換された瞬間から、意味を剥奪されるものなのだ。
だから、気に食わないが、ぐっと佩芳が佩芳の特別と戯れている姿を下唇を噛みながら耐えることが出来る。

「佩芳ーー」

それに名前を呼んで邪魔をすれば、途端、佩芳は煌に向ける興味を失ったかのように、ルーティンだけを見てくる。煌が側で喚いていようが、もう、ルーティンの声しか聞こえていないといった態度で、ルーティンの方に駆け寄ってくる。

「お茶を淹れたので飲みませんか?」
「飲む、飲む。ルーティンの部屋に行けばいいのか? 行こう」

じゃあな煌と一言だけを置いて、佩芳がルーティンの横にくる。虚勢でも、陶酔しているわけでもなく、隔離された存在を愛でることしか出来なかった、佩芳という男を、自分だけが触れ合える距離で愛して、現実として絡み合っていける存在なのだと自負している。
だって、佩芳は告げたのだ。連れ戻される時に「中国に連れてくることを当たり前に思っていたり、ルーティンがいない生活を過ごしてみて、俺は酷く虚しかったよ。側に、君が必要なんだよ」と。
佩芳が、構築する世界の内側に入ることを許されたのは自分だけなのだ。私もそうであるのだから。佩芳も同じなのだと、絡まった指先の温度を握り返した。

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